ども。鉄王です。
2008年2月19日に千葉県勝浦沖で起きた、漁船『清徳丸』とイージス艦『あたご』の衝突事故。
(Googleニュースでの検索結果)
一連の報道の陰で2008年度予算が衆議院を通過してしまい、財務官僚はじめ〈非・防衛省構成員〉のみなさまの安堵ぶりを察してしまう今日この頃ですが、それよりなにより、ひどいものですな。防衛省。何がひどいって、PRのひどさが、ですよ。
PRといっても、狭義でいう「広告・宣伝」を指しているのではなく、それらを包含した「Public Relations」のことです。今回の事故でいうと、マスメディアに対する〈調査状況の発表・報告〉ということになるのですけれども。
事故発生からの報道を見ていて、「こりゃ、ネギしょった鴨が記者会見場に現われてるようなものだろ」と思うのが、調査途中の事象を、さも決定・確定事項のように発表してしまっていること。だいたい、調査途中の事象(たとえば、事故発生の何分前に『あたご』が漁船を捕捉していたか、といったこと)なんて、ある程度の一次情報が出そろわないと中間報告ができないわけで。それを、「記者会見を開く限りは何か発表せねば」みたいな意識で臨むから、後で「隠蔽」だの「捏造」だのとマスコミの大合唱が起きちゃうんですよ。
自民党が圧勝した2005年の衆院選。そのときの自民党PR参謀だった、プラップジャパンの矢島尚氏は『PR会社の時代』という著書で、こう書いてます。ちょっと長くなりますが、引用。
記者会見で何を話すのかを考える場合、情報を小出しにするのはタブーである。
三菱自動車工業の例で紹介したように、「問題が起こっている件数を教えてください」という質問に、「確かな数字は次回」といったところで、記者からは現時点で分かっている数字を求められるに決まっている。記者に厳しく追及されたから、やむを得ず教えるという印象を与えないためにも、公表すべき情報は最初からきちんと話すべきである。
ただし、具体的な数字を公表する場合には、さらなる注意が必要だ。
例えば、エスカレーターで事故が起こった場合、「過去に同じような事故が何件あったんですか?」という質問が必ずといってくらいにされる。ところが、企業のトップが把握しているのは、比較的大きな事故に限られる場合が多い。そのため、報告を受けている大きな事故件数を答えたところ、かすり傷程度の小さな事故がもっとたくさん起こっていたことが後に判明するというケースもある。
そんなことが判明すれば、メディアは「企業がうそをついた」「隠蔽した」と報道する。企業にしてみれば、意図してうそをついたわけではなく、認識の相違によって起こった不幸な事態としかいいようがない。
(『PR会社の時代』 p.91~92)
だいたい、コトは日本の国防に関する、国家の最高レベルの事故です。記者発表での一挙手一投足を、国内はおろか、海外(あえて限定するなら、いわゆる「特亜」諸国)のメディアが虎視眈々とウオッチしているのです。ちょっとした一言が既成事実として一人歩きしてしまう危険性をはらんでいる。不確定の情報を小出しにすることほど、危機管理の甘さを露呈する行動はありません。
危機管理という言葉を作ったとされる佐々淳行氏の著書、『連合赤軍「あさま山荘」事件』にも、こんなくだりがあります。
長野県警の広報班員もこのような世紀の大事件の、途方もなくスケールのでかい事件広報だから時々どう処理してよいか、分からなくなる。
「局付さん(注:佐々氏のこと)、午後三時の定例記者会見ですが、情勢に進展がなくて発表事項がないもんですから、会見は中止と言いましょうか」
「いかん、いかん、発表があろうがなかろうが、約束の定例会見はやらないといけない。キャンセルすると、本当に何もなくても、あッ何かあったな、隠してるな、他社に特ダネ抜かれちゃ大変と疑心暗鬼になって一斉に道場から出て取材に歩き回るものなんだ。折角六百人がこっちを信頼して道場でジッと待ってんだから予定どおりやらんといかんのよ。こういうのを“ネガティブ記者会見”っていうんだ。やってみせるから後学のために見ておきなさい」
(『連合赤軍「あさま山荘」事件』 p.217~218)
マスコミから突き上げをくらっている〈防衛省の内部統制〉の引き締め策の中には、こういったPublic Relationsの体制確立も多分に含まれると考えるのですが。
悪意が伴っている〈隠蔽〉と、国益を大局的に考慮した上での〈情報操作〉。両者の区別もつかない、単細胞のマスコミが相手だからこそ、PRには細心の注意を払わないといけないんじゃないでしょうか。
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