清水幾太郎『論文の書き方』

数日前から数回取り上げている、清水幾太郎の『論文の書き方』。

Amazonでの評価が比較的高ポイント(といってもサンプルは14件しかないが)だったことを受け『eBOOKOFF』で買った(笑)この本、『論文の書き方』というには実践にフィードバックできる言説が少ない印象だった。卑近な例で恐縮だが、谷崎潤一郎の『文章読本』を読んだときも同じような読後感だった記憶がある。

それでも付箋をつけたところはあったので、いつもどおり、親指シフトの練習を兼ねて引用してみる。

自分の勉強に役立ちそうだと思われる、かなり堅い書物を選んで、それを丹念に読み、それから、短い紙数でその紹介を書くという方法は、広く初歩の人に勧めることができると信じている。
(p.9)

第二次世界大戦後、『日本国憲法』が口語体で書かれたことは、文語体の絶対的敗北の、口語体の絶対的勝利の証拠であると見てよい。
(p.26)

実は、どう書いたらよいのか、という質問は、思った通りに書こうとしても、見た通りに書こうとしても、そうは書けないところから出ているのだ。思った通りに、見た通りに、という教訓は、困り果てている質問者をただ突き放すだけである。明瞭な記憶は残っていないが、中学生時代の私は、案外、こういう意味で困り果てていたのかもしれぬ。困り果てていた身にとっては、大いに名文の真似をしろ、という沢村先生の話は一つの救いであった。やってはいけないことでなく、やった方がよいことを初めて教えてくれたのであるから。
(p.34)

新聞の文章は現代の美文である。少し前に、わたしはこう書いた。「文章を書くときは、多少の差し触りを覚悟してかかる必要があるであろう。」主語がハッキリし、肯定か否定かがハッキリすれば、とかく、差し触りが生じ易い。ところが、一般に新聞の文章は差し触りを避けた文章なのである。新聞の文章といっても、日本の普通の大新聞の文章のことであるが、これは、或る特殊な事情の上に成り立っている文章なのである。簡単に真似してよいものとは言えない。
(p.45)

私たちが読み慣れている、諸雑誌に載る座談会記事というものは、社交の原則の下である問題の解明を行おうという日本独特の形式である。それは、社交の原則と問題の解明という二つの調和し難い要素の危ない組み合わせの上に立っている。記事としては文字化されているけれども、元来は話し言葉なのであるから、読者にとって親しみやすいというプラスがある反面、社交の原則の作用によって、肝心の論点が常に曖昧になるというマイナスがつきまとう。
(p.66~67)

フランスでは、既に小学校で文章の文法的分析を教えている。私の聞き違いでないなら、この文法的解析は「フランス語」という科目の主要な内容になっている。日本でも、日本語を「国語」として自明のもののように取扱わず、「日本語」として客観化し意識化するのが本当だと思う。
(p.91)

抽象性がことばというものの本質なのであって、――この抽象性のゆえに、逆に、言葉は、絵に描けないもの、形のないものを表現することが出来るという点に強みを持っている。
(p.99)

先生はこれを聞き咎めて、「作文とは何だ。作文などというものはありはしない。文章は作るものではない。でっち上げるものではない。」という意味のことを語気強く言われた。ひとたまりもなく、私は恐縮した。「……恰もよし、……」などと書いている私に、先生は腹が立っていたのに違いない。
 しかし、やはり、作文でよいのだと思う。文章は自然に生まれて来るものではなくて、人間が意識的に作るものである。文章は、人間が作らねば、存在することは出来ない。文章は「つくりもの」でよいし、「つくりもの」でなくてはならない。
(p.104~105)

抽象的用語が多くなれば、リポートが、特定の人間の経験から離れていく。
(p.151)

 重要なものが後に来るという日本語の語順のマイナスは、大衆集会という特殊な条件では非常に鮮明になる。
《中略》
拍手したい人々に、そのチャンスを与えない語順というものは、大衆運動の発展から見て、少からず不利のように思われる。大衆運動の話は別として、こういう語順に温和しく従っていたのでは、到底、密度の高い講演は出来ない。いや、講演でなく、文章の問題として考えても、軽く見過ごすことは出来ない。「私は、……」で始めて、いろいろ書いた末に、「……と信ずる。」と結ぶよりは、「私の信ずるところでは、……」と初めに書いてしまった方がよいであろう。
(p.186~187)

現在の段階では、仮名ばかりがズラリと並んでしまうと、読むものとしては、時間をかけて一字一字を辿っていかねばならず、字面がヴィジュアルにならない。
(p.204)

〈ヴィジュアルにならない〉と表現している、最後の言説は特に興味深かった。わたしがバイブルと崇めている梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』など、これのまったく逆を張る文体なのだから。


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