後半で雑多な印象は受けたものの、資料としてはなかなか読み応えあり。図書館で借りた本だったが買うことにする。
ということで、例によって抜き書き。
ほとんどの創刊誌はその後リニューアルや休刊の憂き目にあっている。人々の間に確たるニーズがあって、それに向けて創刊するというよりは、創刊された雑誌の周囲にやがて人々の潜在的な欲求が凝結してきて、そのニーズが事後的に顕現した結果、販売部数が安定・上昇する場合もある、というのが本当のところだろう。
(p.17)平凡出版は『スタア』を創刊し、1年半ほどで休刊している。
《中略》
マガジンハウス社史は、この失敗から「ほとんど賭けといっていいまったく新しいものの創造は、作り手の思想と感性のすべてを注ぎ込んだ総合的な視点からのみ可能となるはずである」という教訓を学び、模倣誌の創刊など「プロ編集者がその知識と経験を駆使」した「分析的な仕事」は、社風になじまないものと断じている。
(p.43)社会学者ガブリエル・タルドやゲオルグ・ジンメルは、流行はステイタスの高い側から低い側へと伝播していくという「トリクルダウン(滴り落ち)」説を示したが、50~60年代の日本は、まだまだファッション・リーダーとしての皇室の女性たちから、下々へとモードは浸透していく時代だったのである。
(p.64)「外国では○○が流行っていますよ」というのが「anan」の説得方法なら、「みんな○○がいいといってますよ」というのが「JJ」方式なのですから(両氏とも日本人の弱みをよくわかっていらっしゃる)。
(p.73~74)『GALS LIFE』の1ヵ月後には、今度は「シティ・ギャルズのライフ&トラベルマガジン」『Fine』が創刊される。
《中略》
興味深いのは「いま、気になる男性誌 キミのボーイ・フレンドはいったい何を読んでいるのかな。」のコーナー。『POPEYE』は「シティ・ボーイ自認のカッコマン派」「物質文明の落とし子的性格」と断じられている。
(p.86~87)ポパイ創刊以前の編集長は、自分のつくりたい雑誌を純粋につくればよかったが、ポパイの成功は、創刊編集長の個人的考え方以上に電通雑誌局の意向が重要視されるようになった。
(p.95~96)かつて『週刊平凡』創刊誌の表紙は、清水達夫が大橋正から聞いた「異種交配」という言葉に触発され、着想した「白バックに赤いスポーツカーに乗っている高橋圭三と団令子」であった。
(p.112)それら(注:出版界の常識の間隙をぬうように突出してきた雑誌群)は、すき間家具か何かのように、市場の空白にストンと着地するわけではない。
もともとそこに読者=マーケットがあったというよりは、ある雑誌が創刊されることによって、それが楔となってすき間が出現し、やがてそのスペースが拡大していった場合には、そこへと類似誌の参入が相次ぐ……、といったプロセスをたどるのが常である。
(p.150)テイストの細分化とともに、ティーンの総合誌の時代は終焉したのである。集英社は『SEVENTEEN』→『non・no』のラインに、04年からは Pretty Cool を標榜し、鈴木えみをアイコンとする『PINKY』を加え、主婦の友社は『Cawaii!』→『Ray』の単線から、00年 Ray 3月号臨時増刊「フリーカジュアル・マガジン」『mina』――翌年の正式創刊の際には「おしゃれピープルの新定番マガジン」――で複線化を図っている。
(p.179)小中学生の頃から誰もがファッションを楽しみ、街で遊ぶようになった’80年代以降、女の子はマンガではなくファッション雑誌を熱心に読むようになった。特にバブリーな’80年代後半以降は、少女達はマンガなどのファンタジーの世界や内省的な少女的世界に浸るというよりも「現実の世界でいかに男をゲットしておいしい生活を満喫するか」という現実的な価値を追求するようになっている。
(p.194)ひっそりとではあるが00~06年の間健闘した「フレッシュティーンのためのおしゃれでキュートな新雑誌」『CANDy』
《中略》
がこの世に存在した意義は、今後の仲里依紗(第13回CANモ・グランプリ)の活躍にかかっているといえよう。
(p.205~206)圧巻は、『BOON』が「カリスマ」の語を流行らせた点であろう。『POPEYE』の渋カジ特集などで、80年代からすでに「ストリートのカリスマ、チーム」といった用法は登場していたが、その用法を定着させたのは『BOON』の功績である。
(p.217~218)アダルト系出版社の男性誌としてスタートした初期『egg』では、男目線で被写体が選ばれていたのに対し、『主婦の友』がその原点である『Cawaii!』誌上には、卒業後は堅実に生きていく「女子高生同士の間での期間限定カリスマ」が多かったように思われる。
(p.227)戦後日本で「○○族」と呼ばれた若者たちとその文化をたどることで、どのような社会の変遷が見てとれるかという議論をしたことがある。その時の結論のひとつに、そうした現象を論じる際には「階級(階層)・世代・場所・ジェンダー・メディアの五つの視点から見る必要がある」とのファインディングスがあった。
(p.230)雑誌が「雑」である以上、そうした過剰な情報や冗長な編集にこそ、その醍醐味はあるのではないだろうか。
(p.242)
関連本としてマーキングしたのは
- 藤本やすし『雑誌をデザインする人と現場とセンスの秘密』
- ナンシー関『何が何だか』
- 金原克範『〈子〉のつく名前の女の子は頭がいい』
- 相原博之『キャラ化するニッポン』
- 三浦展+スタンダード通信社『日本溶解論』