図書館の新着図書コーナーにて、思わず〈タイトル借り〉してしまった本。創業450年をこえる栃木県の温泉旅館・大黒屋の〈アートスタイル経営〉について語られている。
いちばん衝撃だったのが、三島由紀夫を介錯し自らも命を絶った『楯の会』の森田必勝と、大黒屋の現当主・室井俊二氏が大学時代に親友だったというエピソード。昭和好きのわたしゆえ、この一節を読んだだけでゾクゾクときてしまった。
「京都と比べて褒めていただくのはありがたいのですが、私は『なになに風』というのが好きになれないんです。そこで、庭にアートを置いたらどうなるか、挑戦してみたいと思ったのです」
(p.36)美術は、額縁の中で見るものだと考えています。一方アートは、もっとスケールの大きな、私たちを包み込み、空間の雰囲気をつくり出すものだと考えたいのです。
(p.41)「もし、すべてのお客様が『神様』であるなら、大黒屋のスタッフはどんなことにも従わなくてはなりません。そうではなく、『お客様という王様』に仕えるのが我々の仕事だと考えています。王様とは、私どもの提示するコンセプトを選んでくださった、大切な方々のことです」
(p.44)知力の中には『モチベーションの知』『感性の知』『暗黙の知』『複雑系の知』があります。
《中略》
「『モチベーションの知は『よし、俺も私もやろう』という気持ちが、かきたてられることです。『感性の知』は、『ステキ、品がある』とは何なのかに気づくこと。『暗黙の知』は、『あっ、そうか』と腑に落ちることを知ること。『複雑系の知』は、『ゆらぎ』について感じる知性を持つことです」
(p.70)作品とは、アーティストがつくり、コレクターが育てていってこそ、輝きを放つのではないでしょうか
(p.95)経営者の考えは「頭の中」にあり、誰の目にも見えない。
《中略》
室井は、経営者としての理念を伝えるにあたって、菅木志雄の作品を通して伝達しようと考えた。それは、室井の経営理念が、菅の作品や言葉と共鳴する中から生まれてきたものだったからだ。
菅木志雄の作品が調理場の壁に飾ってあるのは、その一環だ。
(p.166)大黒屋の仕事は、あくまでもサービス業なのだ。だから、まず自分が楽になるよりも先に、「傍を楽にする」ことが優先されなければならない。それが、サービス業の基本だからだ。
(p.176)日比野克彦が取り組んでいるアート・ワークショップがある。「ヒビノホスピタル」というユニークな名前で、これまでに50回以上続けられてきた。
日比野は、なぜアート活動に「ホスピタル=病院」と名づけたのだろうか。
ワークショップの現場に足を運んで、日比野に尋ねてみた。
「人間は、腹が減ったら食べますね。疲れたら休むでしょ。アートも食事や休息と似ていて、仕事の時間とはちょっと別の時間なんです。アートの中で、自分を取り戻すことができるんです。絵を描く時間をつくることで、自分のパワーを養い、自分をケアすることもできる。ワークショップで年齢も職業も別々の人が、仕事以外の形で出会うことは、生きることのケアになると考えています」
(p.193)倒産、買収、競売にさらされる旅館やホテル。
過大な設備投資の失敗、消費構造の急激な変化など、敗因はいろいろあるだろう。だがその根底には、一様に「銀行の言いなりになる経営」と「大手旅行代理店への依存」という企業体質が色濃く流れている。
《中略》
そんな経営者は、自分の宿の魅力が何なのかをじっくり考えることをしない。宿泊者が何を求めているのか、知る必要もない。かつてはあった、それぞれの宿の歴史や個性や理念、サービスや固定客も、いつしか喪失していった。
(p.212~213)菊地は「大黒屋の試みは『大きな経済の潮流』に乗ると判断している」と言う。では、銀行の支店長が見ている「潮流」とは、何を指しているのだろうか。
「日本人の生活は多様化しています。たとえば、道の駅に車をとめてセブン-イレブンでお弁当を買って、車内に泊まる人がいます。だからといって、低所得者とは限らない。それは、多様な生活スタイルを楽しんでいる姿のひとつです。ということは、現代アートと温泉宿の個性的な融合に楽しみを求めている人も確実にいる。『潮流』とは、際立った個性に魅力を感じている消費者が、経済の流れをつくっていくという意味です」
(p.214~215)「野心」とは、金儲けという目的に向かって邁進することを言う。ただ自分だけが富めばいい、儲けのためなら手段は選ばないという意志の発露が「野心」にほかならない。
「志」と「野心」とは異なる。
一見似ているように見えるが、この2つは違うものだ。
「志」とは、自らの意志に基づいて道を定め、願いを実現したいと思いながらも他者への配慮を尽くし、複眼的な思考を働かせて、手段を選ぶことだ。
(p.219~220)「金儲け」だけが、上手なマネジメントの姿として評価されてしまう現代社会。
しかし室井の手綱さばきは、「金儲け」という世の中の風潮と、単純に異なることのないマネジメントを展開していると言えるだろう。
だが、「儲けは後からついてくる」という室井のような自由な手綱さばきもまた、マネジメントの本来の姿であることを、多くの企業は知る必要がある。
マネジメントとは、決してたんなる「金儲けの技術」ではない。
(p.226~227)