ども。鉄王です。
まあ、上を下への大騒ぎですね。後期高齢者医療制度。新聞報道なんかでは早くも
- 後期高齢者医療制度(通称:長寿医療制度)
- 後期高齢者医療制度(長寿医療制度)
なんて表記されていて、
んな小手先のことで論点すり替えんなよ
とか
さも「私たちは庶民の味方です」であるかのようなツラしちゃって
とか感じているわけですが、この制度への批判票、どうも腑に落ちません。
「まるで姥捨て山」とか「戦中・戦後と働いてきた結果がこれだとは……」と言っちゃってる方々。
そもそも、こういう世の中の仕組みを作り出す政府・与党を過去数十年にもわたって支持してきたのは、ほかでもない、あなたたちです。この60余年の間には社会全体を革新に導くチャンスが転がっていたはず。でも、あなたたちはそうしてこなかった。いまだ「55年体制」の亡霊からこの国が逃れられない遠因は、あなたたちの行動様式にあったのではないでしょうか。
だいたい、この期におよんで「戦中・戦後と働いてきた結果がこれだとは……」なんて批判してるのが的外れ。1945年8月15日を境に、この国のありようがどう転換したのか、お忘れでいらっしゃるようです。
「進め一億火の玉だ!」と煽ってきた国家が、実はとんでもないペテン野郎であった、ということを。
現在80歳の方なら、当時16~17歳だったでしょう。多感な時期だったからこそ、国家が見せた壮大な背信行為は強烈に記憶に残っているはずです。なのに、あなたたちはまたこの国を信じ、盲目的に保守政権に一票を投じ、程度の差こそあれ「反動」という行動様式のもとで21世紀を迎えてしまったのではないですか。
厚生労働省改革元年:新入職員に与う
2008年4月1日
厚生労働大臣 舛添要一本日、厚生労働省職員となられた皆さん、入省、おめでとうございます。諸君のうち、多くは、学業を終えて、社会人としての第一歩を踏む日が今日であります。様々な希望や抱負を胸に、この時を迎えられたことと思います。まずは、初心忘れるべからず、皆さんがこの道を選ぶに当たって、心に決めたことを、しっかりと守っていくことが肝要であります。
《中略》
厚生労働省の栄光と威厳は、一人一人の職員にかかっていることを忘れるなということです。年金記録問題や薬害問題などの過去の失敗を省みれば、そのことはよく理解できるでしょう。日本が、19世紀後半の帝国主義の時代に、列強の植民地となることなく独立を保ち、近代化に成功したのは、国家百年の大計を論じることのできる優れた政治家や官僚たちがいたからです。これからの諸君一人一人の仕事ぶりに、まさに日本国家の浮沈がかかっているのであります。
(厚生労働省ウェブサイト http://www.mhlw.go.jp/kaiken/daijin-aisatu/080401-1.html )
舛添氏の言葉を、そっくりそのまま、的外れな見識を示していらっしゃるあなたたちにお渡ししたい。
国家百年の大計を論じるのは何も政治家や官僚だけの仕事じゃないんです。独裁政権下の国家ならいざ知らず、「間接民主主義」とはいえ政治に参画できるシステムの中で暮らしている以上、あなたたちにも国家百年の大計を論じ、実行に移す義務があった。
その義務を果たさずしてこの国を危険水域に導き、その上、さらに権利を主張するとは。何をか言わんや。
「後期高齢者医療制度」とは、都合の悪い事柄に対して頬被りし問題を先送りしてきた戦前・戦中世代に対する、必然の報いです。私に言わせたら。
このタイミングに乗じて批判キャンペーンを張っているマスコミも同罪。特にテレビ。国家に生殺与奪の権利を握られている立場でありながら、よくもまあいけしゃあしゃあと批判できるものかと。
「政府が、地方自治体が、十分な説明責任を果たしてこなかった」と批判されているようですが、じゃあ、仮に彼らが十分な説明をしたところで、それを余すところなく電波に乗せる勇気はありましたか? 説明責任はむしろ、一次情報を広くあまねく伝える使命(……というものがあれば、の話だが)マスコミのみなさんにあるのではないでしょうか。