ども。鉄王です。
煮え切らない印象の残る判決と報道でした。光市母子殺害事件の差し戻し審。
死刑判決、ですか。
判決の妥当性についてはよく分かりません。私は本村さんではありませんから。被告が死刑となることで区切りがつくのか、希望を託して無期懲役を妥当とするのか。自分自身がその状況に直面して初めて、死刑の妥当性を考えることができるのではないかと考えています。今回の判決が妥当なのかどうなのか、まったく判断がつきません。
だから、メディアに出てくる識者各位が「しかるべき死刑判決だ」なんて言ってるのを見聞きすると、この上ない違和感を感じてしまうのです。そうなることが分かっていたので、判決当日もその翌日も、この件に関する報道は〈敢えて〉見ないように読まないようにしているのですが。
それに、本件の一連の報道については、いみじくもBPO(放送倫理・番組向上機構)が指摘したように、被害者感情に訴えかける報道が過剰供給されていた感がありました。
感情的放送は視聴者の不利益=光市殺害事件裁判報道でBPOが意見
山口県光市で起きた母子殺害事件の裁判を報道したテレビ番組について検討していた放送界の自主チェック機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の放送倫理検証委員会(委員長・川端和治弁護士)は15日、「一方的で感情的な放送は視聴者の不利益になる」とする意見をまとめ、NHKと在京民放5局に手渡すとともに、自主的な検証と報告を求めた。
同委は、広島高裁の差し戻し控訴審を取り上げた昨年5~9月の計33本の報道、情報番組を検証した。その結果、「被告・弁護団と被害者遺族を対立的に描く手法」が共通しており、「視聴者に誤解を与える致命的な欠陥があった」と指摘。被害者遺族の感情に合わせて弁護団などを非難する一方、裁判の詳細や被告の内面を分析するなどの冷静な報道がない点を挙げ、「公正性・正確性・公平性の原則を十分に満たさない」と断じた。
さらに、「集団的過熱取材」に似た「集団的過剰同調番組」とも呼ぶべき横並びで過熱化する番組作りへの憂慮を表明するとともに、裁判員制度への悪影響の可能性にも言及した。
(時事通信 2008年4月15日19:52配信)
被害者の感情を100%斟酌することはできない(当事者じゃないのだから斟酌のしようがない)私の立場からあえて穿った見方をすれば、メディア的に〈絵〉になる本村さんの主張・言動に、メディアがただ乗りしてきたとしか考えられないのです。被害者感情に寄り添った報道をすれば数字は稼げるし、視聴している側も溜飲が下がる。私だってそうですが、人間には多かれ少なかれ「人の不幸は蜜の味」的な感情があるわけで、「痛ましい事件だねえ」と言ってる腹の中で「ウチじゃなくて良かったねえ」との思いも抱いているのですから。
その極めつけは、新潮社が出版した『天国からのラブレター』でしたね。『週刊新潮』『新潮45』で醸成されてる、新潮社一流のイヤらしいメンタリティのエキストラクト!みたいな感じで。ましてや映画化など! 間違いなく嫌悪感を抱くと感じたので、本・映画ともに敢えて未見のままにしてあるのですけれども。
本村さんに他意はなかったのでしょうが、この一件に対して「世の中の動きがおかしいぞ」と違和感を抱くフックになったのが、この本と映画だったことは間違いありません。〈カネの匂い〉を想起させられたことで、私自身の本村さんに対する評価も変わっていきましたし。
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