吉見俊哉『シリーズ日本近現代史9 ポスト戦後社会』

昭和好きのわたしにとっておさえておくべき一冊、と信じて借りてきた(←買わなかったのかよ)。

付箋を貼った箇所が多く原文を抜き書きしているとキリがないので、今回は箇条書きにとどめておく。

  • 1960年代の高度経済成長は、戦時期を通じて強化されてきた総力戦体制の最終局面だった
  • あさま山荘事件は、多くの日本人に、理解しがたいほど凶悪化した過激派が引き起こした絶望的行為であるように受け止められた
  • 1960年代に高まりを見せた若者たちの運動の孤立化は、労働運動の〈脱政治化〉によってもたらされた
  • 大阪万博会場には東京五輪をしのぐプレスセンターができ、そこにいるだけで会場内外の出来事をすべて掌握できた。情報に満ち足りた環境はジャーナリズムを堕落させ、批判精神をそぐことにつながる
  • 1970年代以降、雑誌メディアと都市空間は、ともにセグメント化された読者=来街者が「わたし」を「見る」と同時に「見られる」視線の装置として配置しなおされていった
  • 1970年代以降に生じた意識レベルでの家庭の中の〈平等化〉は、近代家族そのものの解体を意味するのではなく、家族や男女関係で意識は大きく変化したのに社会の実態はわずかに変化しただけであった
  • 生活者の行動基盤が郊外へ移る〈郊外化〉は、住宅産業と銀行の結託によって支えられてきたということもできる
  • 大澤真幸氏は、少年A(酒鬼薔薇聖斗)の事件では、永山則夫の事件とは逆に、他者のまなざしが地獄なのではなく、他者のまなざしの不在が地獄となっていることを指摘している
  • 夕張市破綻の原点は、日本のエネルギー政策が転換する中で「地域の雇用と活力を何とか維持していこう」と観光都市化の路線に突き進んだことだった
  • 小林英夫氏は、日本企業の海外移転から国内産業空洞化までのプロセスを三つに分ける――1.1970年代からプラザ合意まで……急激な円高による自衛策として海外展開を始めた期間 2.プラザ合意から1990年代前半まで……進む円高の中で系列子会社を含めた輸出拠点作りの動きが広がる 3.1990年代後半から現在……アジア諸国の技術力向上を背景に主力部門を海外に移し始める
  • ポスト戦後時代の日本では、日本以上にアメリカが歴史の主体として強力に作用しつづけている

《関連図書として付箋を貼った箇所》

  • 大塚英志『「彼女たち」の連合赤軍』
  • 西村光子『女たちの共同体』
  • 吉見俊哉『都市のドラマトゥルギー』
  • 中野麻美『労働ダンピング』

吉見俊哉『シリーズ日本近現代史9 ポスト戦後社会』” への1件のコメント

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