ども。鉄王です。
1時間ほど前、メールを一通書いてまして、ある出来事に遭遇しました。
「あいのこ」を変換して「合いの子」を出そうと思ったら……愛の個……orz
また言葉狩りか!
以前も、メディア論関係の原稿を書いていたときに「とさつじょう」が「塗擦上」になって憤慨した記憶があるのですが、また同じような体験を繰り返すことになってしまったわけで。
〈差別用語〉とされる語だから、一方的に変換候補に入れなかったというわけですかそうですか。
そもそも「合いの子」が差別用語って言ってるのは誰? どこで、誰が、いつ決めました?
以前のエントリーでも、聾という文字に差別的ニュアンスがある(と言ってる行政関係者の声)という話を紹介しましたが、語にそういうニュアンスを与えているのは使い手の方でしょう。語そのものには何の罪もない。言いがかりもいいところ。
明らかに差別的ニュアンスを込めて使われるケースもあれば、論文などの執筆で言い換えがきかないケースもある。
無数に存在する〈語の使用シーン〉をまったく無視して半ば機械的に変換候補からカットしてしまうというのは、
日本語。それは、つねに新しい時代を吸収しながら永い歴史の中で育まれ、そして受け継がれてきた、とても豊かで美しい言葉です。人が抱く気持ちや考えを、その人らしさを失うことなく細やかに伝えることができる。これほど繊細で奥の深い言葉は、世界にも誇れるものだと思います。豊かな言葉は、人の気持ちを豊かにする。美しい言葉は、人の気持ちを綺麗にしてくれる。当たり前だと思っていたことが次々と変わっていく時代でも、この日本語の豊かさと美しさだけは確実に次の世代に伝えていかなければならない。ジャストシステムは、そう考えています。
(『一太郎2007』『ATOK2007』『JUST Suite 2007』発売時の広告より)
と謳っている〈豊かさ〉から外れてしまうんではないかと、かように思うわけです。
そんなわけで『自主規制語補完辞書』をダウンロード、辞書を鍛えてしまいましたよ。
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