ども。鉄王です。

「関心ね~」とか書きながら、また書いちゃいますよ五輪ネタ。書かないと気持ちが腐りそうで。

柔道女子48kg級銅メダルの谷亮子選手。彼女が準決勝で勝てなかったのは彼女自身の資質云々ではなくて、日本柔道界の旧態依然とした体質にあるのではないか、と試合運びを見て思ったのです。「相手が組ませてくれなかったから負けた」のではなく、「組ませない柔道」に対する備えができていなかったのが敗因ではないか、と。

あの試合を見て門外漢の私が決定的に感じたのは、柔道の世界基準は「一本!を取る柔道」ではなく「技ありや有効、効果で着実に加点する柔道」になっている、ということでした。

「柔道が日本のお家芸」でいられた時代は、一本!を取る柔道でもよかったでしょう。それが日本人のメンタリティにかなっている面もありましたし、見ている側にとっても「一本!」で勝ってくれた方が溜飲が下がる。

でも、日本柔道界やメディアが「お家芸」だとうぬぼれのぼせている間に、海外勢はその隙を突いて着実に力を付けてきた。日本人の柔道とはまったく違う「勝つための方程式」で。もはや、一本!を取る柔道が通用する市場ではなくなっているにもかかわらず、日本柔道界は「一本勝ち偏重型」で来てしまった。なまじ、東京オリンピック以来の成功体験が積み重なっているだけに、「お家芸」であるという自負があるだけに、視点の変換をすることができないままでいるのではないかと思うのです。

「お家芸」という点では、それこそ「前畑ガンバレ!」「フジヤマのトビウオ」の幻想に引きずられていた日本水泳界だって同じようなことがいえます。でも、そんな水泳界でも、後手後手の対応ではありながらもSPEEDO社の『レーザーレーサー』を追認せざるを得なかった。スポンサー縛りを崩してであっても。

そういう、世界標準への対応の遅れが如実に露呈してしまったのが、あの試合だったのではないでしょうか。