ども。鉄王です。
新聞で何度か広告を見て気になっていた、栗原美和子さんの『太郎が恋をする頃までには…』。先日、書店に立ち寄ったとき見かけましてようやく購入、読了の運びとなりました。
部落差別問題の関連書籍は、例えば森達也さんの『放送禁止歌』『いのちの食べかた』などたかだか10冊いくかいかないかくらいの量しか読んでいない私。今まで読んだ本とはまったく違う「被差別部落出身者との結婚を通じて差別問題を認識する」というアプローチが新鮮で、むさぼるように一気に読んでしまいました。
だからといって、私自身、差別問題を解決しようと何かができるわけでもなく、できることといえば「そういう問題が横たわっている」と、常に頭の片隅に置きながら暮らしていくことだけなのですが。関西地区では一般的らしい、同和教育の洗礼を幼少期に受けたわけでもないですし。
と、全体的にはいろいろ考えさせられることの多い小説だったわけですが、主人公の五十嵐今日子(おそらく、作者本人がそのまま投影されているのでしょう)の仕事に対するスタンスには共感できない点もありました。
人物インタビューに臨む際、私は事前調査を敢えて省く。インターネット検索すればいくらでも情報ゲットできる現代社会だけど、私は意識的にそれを避ける。テレビの連続ドラマも、放送前にテレビ誌で内容チェックなどしない。小説も書評など読まず書店で自分の手に取って帯文字を読む。他からの誘導に乗りたくないのだ。自分の感性で物事を判断したいのだ。
(栗原美和子『太郎が恋をする頃までには…』 p.28)
インタビュイーに対して、こんな失礼なスタンスで臨むことは私にはできません。すでに媒体に乗って流通している情報を改めて尋ねるほど厚顔無恥なことはできないし、だいたい、事前調査という作業なしで「自分はいったい、相手に何を尋ねたいのか、何を聞き出したいのか」ということが明らかにならないではないですか。