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	<title>鉄王 &#187; 読書記録</title>
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	<description>身のまわりの雑事いろいろ。たまに毒吐き。</description>
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		<title>高田誠『P&amp;G式 伝える技術 徹底する力』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/2613</link>
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		<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 16:05:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
				<category><![CDATA[図書館で借りた]]></category>
		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[ということで、例によって付箋つけたところを抜き書きして読書メモ。 話を3つのポイントにまとめるのがP&#38;G社内でのコミュニケーションの鉄則。著者の経験では「3つにまとめる」習慣をつけると、いつも頭の中を整理する努力をするようになるという。 会議などでなかなか合意に至らず、議論がかみ合わないときは、確実に各人の目的が合致していないとき。P&#38;Gでは「イシュー（論点・課題・問題点の意）」を絞り込み、達成すべき目的を明確にすることに力を注ぐ。 「上司でなく、消費者がボス」という考え方の徹底。 量的調査は基本的なノウハウがあれば誰でもできる調査。消費者理解を他企業より優れたものにするには、質的調査（対面調査・グループ調査等）のノウハウをどれだけ持っているかが勝負になる。 P&#38;Gが取り組むブランドビルディングでは「商品周辺にある役立つ情報の提供」こそブランド価値を生み出すコンテンツとして重視している。その情報じたい、社会的価値がきわめて高い。 P&#38;Gには「暮らしをより良くする」という明確な目的がある。これは、企業の都合によるコスト削減をしないためのガイドになるという側面もある。「暮らしをより良くする」のが目的である以上、暮らしに価値を生んでいない無駄なコストはカットしても、暮らしを不便にするコスト削減は絶対にしないという判断基準にもなる。 若い世代の価値観は近年、働く意味を自分で実感できる、納得できる仕事に就きたいとの思いが強くなっている。有名企業で働くことではなく、出世や高収入のためでもなく、自分自身の社会的な意味を感じることができる、やりがいのある仕事を求める傾向にある。 「正しい広告」の追求。たとえば、新発売する製品の「白さアップ」という売り文句について。白さアップは通常、漂白成分などの配合量を増やすことで実現するが、そこで陥りがちなのは「配合量の増加＝白さアップ」という企業側の理屈である。しかし、消費者に約束するのは実感としての白さアップである。消費者が白さアップを実感できる商品であることが確認されて、初めて白さアップという表現が妥当なものとなる。 よい上司になるためには、部下に対してDemand（尻をたたく）とCare（気遣い・心配り）ができることが必要。それは50対50のバランスでなく、100対100のバランスであること。DemandもCareも、ともに100％の厳しさ、誠実さで部下に接すること。それにより、部下のやる気と自信が保たれ、常に最高の結果を引き出すことができるようになる。 英語を社内で使うことのメリットとして―消費者のコメントを読み取って次のニーズを探る際に、社内共通の文書として英語で文章をまとめるために「翻訳作業」が入ることによって、より厳密に意味・意図が特定される。 ノウハウの共有を促進するために、大切なこと。 ①メンバーの一人一人が、どこでどんな職位で、何をやっているかがすべてのメンバーにとって明らかであること。なぜなら、本当に価値ある情報交換は個々人相互の深いやりとりから生まれるから。 ②コミュニティ活動を活性化することに責任を持つマネジメントと担当者が必要。この種のネットワークは、誰かが片手間にやるようでは実体のない活動となってしまう。そのためP&#38;Gでは、この役割に担当者をつけ、重要な任務として位置づけている。 ③メンバー同士が顔を合わせる機会を設けること。まずは、とにかく1回。その後は、ネットワークを活用することで関係を深めることは可能。 日本人がグローバル企業で成功するためにやるべき3つのこと。 ①自ら情報提供する癖をつける。自分が積極的に情報提供しない限り、誰かから話を向けられることはほとんどない。 ②自分を知ってもらう努力をする。一人前のプレーヤーになるには、なんといっても名前を覚えてもらわないと話にならない。 ③自分の成したことを手柄として積極的に語る。日本人には「遠慮」という文化があるが、遠慮はいらない。手柄を積極的に語ることは、自分の価値を語ることである。自分の価値は自分で語って初めて、その価値に見合った役割がまわってくると意識しよう。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ということで、例によって付箋つけたところを抜き書きして読書メモ。<span id="more-2613"></span></p>
<ul>
<li>話を3つのポイントにまとめるのがP&amp;G社内でのコミュニケーションの鉄則。著者の経験では「3つにまとめる」習慣をつけると、いつも頭の中を整理する努力をするようになるという。</li>
<li>会議などでなかなか合意に至らず、議論がかみ合わないときは、確実に各人の目的が合致していないとき。P&amp;Gでは「イシュー（論点・課題・問題点の意）」を絞り込み、達成すべき目的を明確にすることに力を注ぐ。</li>
<li>「上司でなく、消費者がボス」という考え方の徹底。</li>
<li>量的調査は基本的なノウハウがあれば誰でもできる調査。消費者理解を他企業より優れたものにするには、質的調査（対面調査・グループ調査等）のノウハウをどれだけ持っているかが勝負になる。</li>
<li>P&amp;Gが取り組むブランドビルディングでは「商品周辺にある役立つ情報の提供」こそブランド価値を生み出すコンテンツとして重視している。その情報じたい、社会的価値がきわめて高い。</li>
<li>P&amp;Gには「暮らしをより良くする」という明確な目的がある。これは、企業の都合によるコスト削減をしないためのガイドになるという側面もある。「暮らしをより良くする」のが目的である以上、暮らしに価値を生んでいない無駄なコストはカットしても、暮らしを不便にするコスト削減は絶対にしないという判断基準にもなる。</li>
<li>若い世代の価値観は近年、働く意味を自分で実感できる、納得できる仕事に就きたいとの思いが強くなっている。有名企業で働くことではなく、出世や高収入のためでもなく、自分自身の社会的な意味を感じることができる、やりがいのある仕事を求める傾向にある。</li>
<li>「正しい広告」の追求。たとえば、新発売する製品の「白さアップ」という売り文句について。白さアップは通常、漂白成分などの配合量を増やすことで実現するが、そこで陥りがちなのは「配合量の増加＝白さアップ」という企業側の理屈である。しかし、消費者に約束するのは実感としての白さアップである。消費者が白さアップを実感できる商品であることが確認されて、初めて白さアップという表現が妥当なものとなる。</li>
<li>よい上司になるためには、部下に対してDemand（尻をたたく）とCare（気遣い・心配り）ができることが必要。それは50対50のバランスでなく、100対100のバランスであること。DemandもCareも、ともに100％の厳しさ、誠実さで部下に接すること。それにより、部下のやる気と自信が保たれ、常に最高の結果を引き出すことができるようになる。</li>
<li>英語を社内で使うことのメリットとして―消費者のコメントを読み取って次のニーズを探る際に、社内共通の文書として英語で文章をまとめるために「翻訳作業」が入ることによって、より厳密に意味・意図が特定される。</li>
<li>ノウハウの共有を促進するために、大切なこと。<br />
①メンバーの一人一人が、どこでどんな職位で、何をやっているかがすべてのメンバーにとって明らかであること。なぜなら、本当に価値ある情報交換は個々人相互の深いやりとりから生まれるから。<br />
②コミュニティ活動を活性化することに責任を持つマネジメントと担当者が必要。この種のネットワークは、誰かが片手間にやるようでは実体のない活動となってしまう。そのためP&amp;Gでは、この役割に担当者をつけ、重要な任務として位置づけている。<br />
③メンバー同士が顔を合わせる機会を設けること。まずは、とにかく1回。その後は、ネットワークを活用することで関係を深めることは可能。</li>
<li>日本人がグローバル企業で成功するためにやるべき3つのこと。<br />
①自ら情報提供する癖をつける。自分が積極的に情報提供しない限り、誰かから話を向けられることはほとんどない。<br />
②自分を知ってもらう努力をする。一人前のプレーヤーになるには、なんといっても名前を覚えてもらわないと話にならない。<br />
③自分の成したことを手柄として積極的に語る。日本人には「遠慮」という文化があるが、遠慮はいらない。手柄を積極的に語ることは、自分の価値を語ることである。自分の価値は自分で語って初めて、その価値に見合った役割がまわってくると意識しよう。</li>
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		<title>【読書メモ】新井紀子『コンピュータが仕事を奪う』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/2488</link>
		<comments>http://www.tecking.org/archives/2488#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Jun 2011 15:57:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
				<category><![CDATA[図書館で借りた]]></category>
		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[一言でいうと「英語もいいけど、それより〈第二外国語としての数学〉を意識することが大事ですよ」ということを訴えてる本。著者は数学教育も専門にしている理学博士なので、まあ話半分として聞いておくとしても コンピュータの世界は1と0によるロジックで構築されている ↓ コンピュータの使い手にはロジカルに物事を考えられる力が必要 ↓ プログラム・スクリプトを作る側（制作者）にとっては当然のスキル ↓ そうした人たちにソフトのプログラミングを発注する側（発注者）にとっても必要なスキル ↓ なぜなら発注者がロジックに欠けるオーダーをすると、制作者もコンピュータに対してロジックに基づく指示（プログラミング・スクリプティング）ができないから という論理展開にはなるほど！とうなるしかなかった。 ということで恒例の付箋箇所抜き書き。 コンピュータに効率よく仕事をさせようと思うなら、コンピュータの仕組みをざっとでも知り、コンピュータに何ができるのか、現実世界とは微妙にずれているコンピュータの世界を理解する必要がある。 次世代検索システムの一つであるWolfram Alphaは〈数〉を入力したときに真価を発揮する。 人工知能を目指している科学者は、論理的な〈演繹〉による人工知能の実現と、データベース＝経験値を活用した〈帰納〉による実現、二つの道のいずれかを選択する。 同じ著者が書いた文に比べると、違う著者が書いた文は、共通したNグラム（機械的に文章を切り刻むこと）の量が少ないという傾向があることがこれまでの研究で分かっている。 今よりも格段に言語処理技術が向上し、どんなによくできた会話を合成できるようになったとしても、初戦はファストフードのようなもので、すぐに飽きてしまうに違いない、そうであってほしいと願っている。 〈演繹型翻訳〉の『Yahoo!翻訳』と〈帰納型翻訳〉の『Google翻訳』。 メカニカルタルクとはコンピュータの下働きを人間にさせるためのサービス。 （注：Flickrのように、ユーザーが画像データに対してタグを付けるという行為もその一種と考えていい） これらの仕事は未来永劫人間世界にアウトソーシングされるとは限らない。こうして作られた訓練集合を学習させることによって、機械が同等の能力を得たら、もうその作業を人間に頼む必要はなくなるから。 計算の手順（プログラム）を公開して誰もが利用可能な状態にすることがオープンソース。そういう観点に立てば、人類にもっとも貢献したオープンソースソフトウェアは、LinuxでもFirefoxでもなく四則演算の筆算だろう。 データから宝を掘り出せるための専門技術者は、人の言葉を数学の言葉に翻訳できる人と、数学の言葉をプログラムに翻訳できる人のどちらかに限られる。なぜなら、宝を実際に掘り出してくれる機械であるコンピュータはプログラムしか理解できず、プログラムに落とし込めるものは基本的に数学の概念の一部にすぎないからだ。 科学にイノベーションが起こるには、それに先だって数学にイノベーションが起きないといけない。科学が数学の言葉で書かれている限り、それは決して変わらない。 21世紀前半の世界は、間違いなく、データを蓄積した企業とそれをうまく利用した企業に有利な世界。その際、機械化が進んでいる第一次・第二次産業と、身体性が不可欠な一部の第三次産業（医師や看護師、保育士、介護福祉士、俳優、接客業）のほかは消えてなくなる可能性がある。 「与えられた時間内にどうしてもクリアしなければならないとき、数独とクロスワードパズル、どちらを選びますか？」という質問に対し、数独を選ぶ人には数学または現代国語が得意だった人が多い。いずれも、論理による演繹力が求められる科目であり、彼らには論理を操ることへの抵抗感がない。 人間は経験による帰納を経ずして、純粋に演繹することは決してできない。自ら体験することを通じて帰納を獲得する段階にある年齢の子どもたちにとっては、動画による受動的な学びや、表計算ソフトに頼った計算・データ処理は帰納の獲得を阻害すると考える。 子どもが高学年になって算数が苦手になり、中学校に入って数学と（生物以外の）理科が苦手になり、それ以降の成績が下降し始めたら、小学校の6年間を帰納（つまり暗記偏重）で乗り切ってしまった可能性を疑うべき。パターン認識と暗記に頼って勉強してしまったために、中学校で論理の領域が増えれば増えるほど対応ができず、苦しんでいる。 「『今、このとき』を逃したら、とりかえしがつかないんだ、ということを子どもに繰り返し体験させると、子どもたちの間にものすごく集中力がつくようになります」（『私の授業論』有田八州穂・新井紀子　『数学文化』7号（2006年12月））]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>一言でいうと「英語もいいけど、それより〈第二外国語としての数学〉を意識することが大事ですよ」ということを訴えてる本。著者は数学教育も専門にしている理学博士なので、まあ話半分として聞いておくとしても</p>
<p>コンピュータの世界は1と0によるロジックで構築されている<br />
↓<br />
コンピュータの使い手にはロジカルに物事を考えられる力が必要<br />
↓<br />
プログラム・スクリプトを作る側（制作者）にとっては当然のスキル<br />
↓<br />
そうした人たちにソフトのプログラミングを発注する側（発注者）にとっても必要なスキル<br />
↓<br />
なぜなら発注者がロジックに欠けるオーダーをすると、制作者もコンピュータに対してロジックに基づく指示（プログラミング・スクリプティング）ができないから</p>
<p>という論理展開にはなるほど！とうなるしかなかった。</p>
<p><span id="more-2488"></span>ということで恒例の付箋箇所抜き書き。</p>
<ul>
<li>コンピュータに効率よく仕事をさせようと思うなら、コンピュータの仕組みをざっとでも知り、コンピュータに何ができるのか、現実世界とは微妙にずれているコンピュータの世界を理解する必要がある。</li>
<li>次世代検索システムの一つであるWolfram Alphaは〈数〉を入力したときに真価を発揮する。</li>
<li>人工知能を目指している科学者は、論理的な〈演繹〉による人工知能の実現と、データベース＝経験値を活用した〈帰納〉による実現、二つの道のいずれかを選択する。</li>
<li>同じ著者が書いた文に比べると、違う著者が書いた文は、共通したNグラム（機械的に文章を切り刻むこと）の量が少ないという傾向があることがこれまでの研究で分かっている。</li>
<li>今よりも格段に言語処理技術が向上し、どんなによくできた会話を合成できるようになったとしても、初戦はファストフードのようなもので、すぐに飽きてしまうに違いない、そうであってほしいと願っている。</li>
<li>〈演繹型翻訳〉の『Yahoo!翻訳』と〈帰納型翻訳〉の『Google翻訳』。</li>
<li>メカニカルタルクとはコンピュータの下働きを人間にさせるためのサービス。<br />
（注：Flickrのように、ユーザーが画像データに対してタグを付けるという行為もその一種と考えていい）<br />
これらの仕事は未来永劫人間世界にアウトソーシングされるとは限らない。こうして作られた訓練集合を学習させることによって、機械が同等の能力を得たら、もうその作業を人間に頼む必要はなくなるから。</li>
<li>計算の手順（プログラム）を公開して誰もが利用可能な状態にすることがオープンソース。そういう観点に立てば、人類にもっとも貢献したオープンソースソフトウェアは、LinuxでもFirefoxでもなく四則演算の筆算だろう。</li>
<li>データから宝を掘り出せるための専門技術者は、人の言葉を数学の言葉に翻訳できる人と、数学の言葉をプログラムに翻訳できる人のどちらかに限られる。なぜなら、宝を実際に掘り出してくれる機械であるコンピュータはプログラムしか理解できず、プログラムに落とし込めるものは基本的に数学の概念の一部にすぎないからだ。</li>
<li>科学にイノベーションが起こるには、それに先だって数学にイノベーションが起きないといけない。科学が数学の言葉で書かれている限り、それは決して変わらない。</li>
<li>21世紀前半の世界は、間違いなく、データを蓄積した企業とそれをうまく利用した企業に有利な世界。その際、機械化が進んでいる第一次・第二次産業と、身体性が不可欠な一部の第三次産業（医師や看護師、保育士、介護福祉士、俳優、接客業）のほかは消えてなくなる可能性がある。</li>
<li>「与えられた時間内にどうしてもクリアしなければならないとき、数独とクロスワードパズル、どちらを選びますか？」という質問に対し、数独を選ぶ人には数学または現代国語が得意だった人が多い。いずれも、論理による演繹力が求められる科目であり、彼らには論理を操ることへの抵抗感がない。</li>
<li>人間は経験による帰納を経ずして、純粋に演繹することは決してできない。自ら体験することを通じて帰納を獲得する段階にある年齢の子どもたちにとっては、動画による受動的な学びや、表計算ソフトに頼った計算・データ処理は帰納の獲得を阻害すると考える。</li>
<li>子どもが高学年になって算数が苦手になり、中学校に入って数学と（生物以外の）理科が苦手になり、それ以降の成績が下降し始めたら、小学校の6年間を帰納（つまり暗記偏重）で乗り切ってしまった可能性を疑うべき。パターン認識と暗記に頼って勉強してしまったために、中学校で論理の領域が増えれば増えるほど対応ができず、苦しんでいる。</li>
<li>「『今、このとき』を逃したら、とりかえしがつかないんだ、ということを子どもに繰り返し体験させると、子どもたちの間にものすごく集中力がつくようになります」（『私の授業論』有田八州穂・新井紀子　『数学文化』7号（2006年12月））</li>
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		<title>村木新吾『高校生レストラン、行列の理由。』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/2474</link>
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		<pubDate>Fri, 27 May 2011 16:03:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
				<category><![CDATA[図書館で借りた]]></category>
		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[2011年4月期の日テレ系ドラマ『高校生レストラン』の原案本。三重県にある県立相可高校食物調理科の村木新吾教諭による本である。ベースになっているのが地元紙の連載記事なので、各節がコンパクトにまとまっていてサクサクと読み進めることができた。 ドラマでも描かれている『高校生レストラン』がスタートした経緯は端折られているので、そうしたバックグラウンドは別の資料をあたっていただくとして、ここでは記憶に残った（＝いつもどおり付箋を貼った）箇所を抜き書き。 料理人は、つくった料理でその仕事を評価されます。 では、先生は何で評価されるのでしょうか？ 現実的にはそういう評価はされていませんが、私は、育てた生徒で評価されるべきだと思っています。 それなのに、悲しいかな、世の中には自分の生徒のことを悪く言う先生がいる。それは、自分のことを悪く言っているのと同じことなのに、と悲しくなります。 これ、子育てでも同じことがいえると思う。親バカになる必要はないけれど、子どもは親の鑑とはよく言ったもので。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2011年4月期の日テレ系ドラマ『高校生レストラン』の原案本。三重県にある県立相可高校食物調理科の村木新吾教諭による本である。ベースになっているのが地元紙の連載記事なので、各節がコンパクトにまとまっていてサクサクと読み進めることができた。</p>
<p><span id="more-2474"></span>ドラマでも描かれている『高校生レストラン』がスタートした経緯は端折られているので、そうしたバックグラウンドは別の資料をあたっていただくとして、ここでは記憶に残った（＝いつもどおり付箋を貼った）箇所を抜き書き。</p>
<blockquote><p>料理人は、つくった料理でその仕事を評価されます。<br />
では、先生は何で評価されるのでしょうか？<br />
現実的にはそういう評価はされていませんが、私は、育てた生徒で評価されるべきだと思っています。<br />
それなのに、悲しいかな、世の中には自分の生徒のことを悪く言う先生がいる。それは、自分のことを悪く言っているのと同じことなのに、と悲しくなります。</p></blockquote>
<p>これ、子育てでも同じことがいえると思う。親バカになる必要はないけれど、子どもは親の鑑とはよく言ったもので。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>久繁哲之介『地域再生の罠 ― なぜ市民と地方は豊かになれないのか？』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/2426</link>
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		<pubDate>Wed, 11 May 2011 21:50:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
				<category><![CDATA[図書館で借りた]]></category>
		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.tecking.org/?p=2426</guid>
		<description><![CDATA[ご多分に漏れず、中心市街地空洞化→中心市街地活性化事業の濫発……というループに陥っている私の故郷・福井県福井市。常々、土木事業者におもねった〈結論ありき〉の都市再生議論に辟易していたこともあり、興味深くページをめくっていった。 本書で取り上げられている〈失敗のプロセス〉が当地と合致してることしてること。ちょっと長くなるが、いつものように付箋を貼った箇所を要約しつつ抜き書きしてみる。 地域再生の施策は「提供側の中高年男性」だけで策定されることが常態化しており、「消費者側」すなわち市民、とりわけ若者と女性の行動や五感に基づいたプロセスに欠けている 地域再生の新施策は、地域衰退原因を社会現象（少子高齢化、車社会、商業施設郊外化など）だけの責とみなし、現行施策の問題・不適切さが問われることはほとんどない 商店街活性化はたいてい「イベント事業」「空き店舗対策事業」の二つに集約される。つまり〈顧客が不足しすぎて店舗経営が成り立たないから、顧客を集める事業〉〈売り手が不足しすぎて商店街が成り立たないから、商店主を集めるための事業〉が行われている。そこには〈買い手も売り手も少なすぎて困っている商店街〉がそもそも必要なのか、という根本的な問題が横たわっている 空き店舗対策を推進するのは商工会か自治体、つまり広義の〈公務員〉である。起業につきものの〈リスク〉からもっとも縁遠い公務員が市民に対し「少しばかり金融支援するから、お店を開くチャレンジをしてください」といっても市民の心に響かないのは当然 スローフードの本質は食ではなく〈大切な人との交流〉の一点に尽きる。だから、例えば〈まちづくり専門家〉がスローフードに取り組む地域で〈おひとりさま消費〉をしたところで、その専門家はスローフードの本質に触れ、堪能したことにはならない 模倣は、資本や規模の大きい者にとって有利なビジネス 顧客が発する情報には2種類ある。一つは「公言しやすい理想願望」もう一つは「現状への不満や公言しづらい悩み」である。前者なら、従来の手法に基づいた消費者調査でなんとか拾えるが、後者は消費者調査では把握できない。しかし、新たな需要を掘り起こすビジネスチャンスは後者にこそ隠されている 自治体も実は前例模倣がうまくいかないことに気づいている。しかし、失敗した場合のことを考えると、前例依存ほど責任逃れが楽なものはない。責任の所在を成功事例集になすりつけることも、「他の自治体も同じ状況」と言い逃れすることもできるからだ 自治体は〈連携〉という言葉を多用する。民間など外部に対しても「産学連携」というような語を持ち出して連携することを要請する。しかし、当の自治体自身、組織内に有機的なネットワークが構築されておらず、連携どころか部署間で情報交換・共有すらままならない状況 土建工学者は、地方都市の街中が衰退した要因の一つとして、市役所や県庁が街中から郊外へ移転したことをよく指摘する。自治体の行政機能が中心部から出ていったために、街中の求心力が弱くなったと考えるのである。この因果関係が、コンパクトシティを推進する彼らの主張を支える前提となっている コンパクトシティには中心市街地 VS 郊外という対立軸がある。中心市街地の衰退が激しい地方都市ほど「中心市街地活性化計画」策定と、コンパクトシティ導入がセットで連動されることになる 都市政策は、市民のライフスタイルを尊重して導かれるものである。日本のように、専門家が夢想した青写真のような都市政策に市民が合わせることを強要されるものではない 地域再生の罠を「地域再生関係者」「土建工学者」「自治体」という三つの視点から見てみると 地域再生関係者……▽大型商業施設に依存▽大都市への憧れが強い▽ないものねだり▽経済的な豊かさだけを求める▽地域資源や心の豊かさを見失う▽成功事例などのハウツー論に飛びつく 土建工学者……▽成功事例の模倣を推奨する▽成功事例の多くは実は成功していない▽まれにある成功事例は「遠い過去か異国」のもの▽器を先に作り、市民がそれに合わせることを強要 自治体……▽上から目線の「成功事例」に価値を置く▽市民目線や顧客志向に欠ける▽前例主義で〈成功していない成功事例〉を踏襲▽部門間の縦割り主義▽他組織の他施策との整合性に欠ける といった現状と問題がある 市民と地域が豊かになるには、地域づくりの計画や意思決定を「土建工学者など上から下ろす」仕組みから「市民が主体となる」仕組みに改める必要がある 若者は、▽私益より公益を重視▽経済利益より人との交流▽立身出世より対等で心地よい交流――を求める。その交流は〈心のよりどころとなる居場所〉にこそ芽生える 地域再生の目的が〈市民の幸せ〉にあるのか〈地域の成功〉にあるのか、今一度見直すべきである。なぜなら、地域づくりの専門家、言い換えれば中高年男性は〈経済的な豊かさ〉という〈成功〉にとりつかれているからである 今の学生たちにとってのたまり場は、主にコンビニやファストフード店といった大資本チェーン店。そうした店を愛して育った若者に、地域再生に欠かせない〈郷土愛〉が育つだろうか。そうした若者に、成人してからいきなり「地域を愛せ、地酒を飲め」といっても遅い いわゆる中心市街地には、景気回復（＝箱物需要回復）を待つ地主たちによる青空駐車場があふれている。街中にまとまった土地を持つ人が、私益を求める暫定措置を決め込み、土地を公益のために活用する意思がないのは大きな問題 街中のシャッター商店が改築しない（＝用地転用しない）主な理由は、宅地や更地に比べ、商店という事業用地が相続税などの税制面で優遇されていることにある。つまり、一等地に土地を所有するものが私益を求めるのに格好の節税対策になるというわけだ 今このときも「中心市街地活性化」と称して、〈まちなかに賑わいを創出する〉ための事業が計画されていると思う。しかしよく考えてほしいのは、そもそも〈中心市街地〉とはどういうエリアを指すのか、ということだ。 例えば当地においては、明治時代の福井駅の開業によって、街の中心が呉服町界隈から福井駅周辺へと大きく移動した。つまり、街の中心は時代の流れで動く性質をもっているのである。そのことを少しでも関係者が認識してくれれば、地方の鉄道が市民の足としてまだ根付いており、駅が交通の要衝として機能していた時代＝高度成長時代の成功体験に拘泥している現在の中心市街地再生議論が、いかに近現代の街の歴史を無視したものであるか理解できるだろうに、と思う。 最後に、関連書籍として本書で触れられていたタイトルを並べておく。 久繁哲之介『日本版スローシティ』 広瀬盛行監修『住みよい街ベスト50』]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ご多分に漏れず、中心市街地空洞化→中心市街地活性化事業の濫発……というループに陥っている私の故郷・福井県福井市。常々、土木事業者におもねった〈結論ありき〉の都市再生議論に辟易していたこともあり、興味深くページをめくっていった。</p>
<p><span id="more-2426"></span>本書で取り上げられている〈失敗のプロセス〉が当地と合致してることしてること。ちょっと長くなるが、いつものように付箋を貼った箇所を要約しつつ抜き書きしてみる。</p>
<ul>
<li>地域再生の施策は「提供側の中高年男性」だけで策定されることが常態化しており、「消費者側」すなわち市民、とりわけ若者と女性の行動や五感に基づいたプロセスに欠けている</li>
<li>地域再生の新施策は、地域衰退原因を社会現象（少子高齢化、車社会、商業施設郊外化など）だけの責とみなし、現行施策の問題・不適切さが問われることはほとんどない</li>
<li>商店街活性化はたいてい「イベント事業」「空き店舗対策事業」の二つに集約される。つまり〈顧客が不足しすぎて店舗経営が成り立たないから、顧客を集める事業〉〈売り手が不足しすぎて商店街が成り立たないから、商店主を集めるための事業〉が行われている。そこには〈買い手も売り手も少なすぎて困っている商店街〉がそもそも必要なのか、という根本的な問題が横たわっている</li>
<li>空き店舗対策を推進するのは商工会か自治体、つまり広義の〈公務員〉である。起業につきものの〈リスク〉からもっとも縁遠い公務員が市民に対し「少しばかり金融支援するから、お店を開くチャレンジをしてください」といっても市民の心に響かないのは当然</li>
<li>スローフードの本質は食ではなく〈大切な人との交流〉の一点に尽きる。だから、例えば〈まちづくり専門家〉がスローフードに取り組む地域で〈おひとりさま消費〉をしたところで、その専門家はスローフードの本質に触れ、堪能したことにはならない</li>
<li>模倣は、資本や規模の大きい者にとって有利なビジネス</li>
<li>顧客が発する情報には2種類ある。一つは「公言しやすい理想願望」もう一つは「現状への不満や公言しづらい悩み」である。前者なら、従来の手法に基づいた消費者調査でなんとか拾えるが、後者は消費者調査では把握できない。しかし、新たな需要を掘り起こすビジネスチャンスは後者にこそ隠されている</li>
<li>自治体も実は前例模倣がうまくいかないことに気づいている。しかし、<strong>失敗した場合のことを考えると、前例依存ほど責任逃れが楽なものはない</strong>。責任の所在を成功事例集になすりつけることも、「他の自治体も同じ状況」と言い逃れすることもできるからだ</li>
<li>自治体は〈連携〉という言葉を多用する。民間など外部に対しても「産学連携」というような語を持ち出して連携することを要請する。しかし、当の自治体自身、組織内に有機的なネットワークが構築されておらず、連携どころか部署間で情報交換・共有すらままならない状況</li>
<li>土建工学者は、地方都市の街中が衰退した要因の一つとして、市役所や県庁が街中から郊外へ移転したことをよく指摘する。自治体の行政機能が中心部から出ていったために、街中の求心力が弱くなったと考えるのである。この因果関係が、コンパクトシティを推進する彼らの主張を支える前提となっている</li>
<li>コンパクトシティには中心市街地 VS 郊外という対立軸がある。中心市街地の衰退が激しい地方都市ほど「中心市街地活性化計画」策定と、コンパクトシティ導入がセットで連動されることになる</li>
<li><strong>都市政策は、市民のライフスタイルを尊重して導かれるものである。日本のように、専門家が夢想した青写真のような都市政策に市民が合わせることを強要されるものではない</strong></li>
<li>地域再生の罠を「地域再生関係者」「土建工学者」「自治体」という三つの視点から見てみると
<p>地域再生関係者……▽大型商業施設に依存▽大都市への憧れが強い▽ないものねだり▽経済的な豊かさだけを求める▽地域資源や心の豊かさを見失う▽成功事例などのハウツー論に飛びつく<br />
土建工学者……▽成功事例の模倣を推奨する▽成功事例の多くは実は成功していない▽まれにある成功事例は「遠い過去か異国」のもの▽器を先に作り、市民がそれに合わせることを強要<br />
自治体……▽上から目線の「成功事例」に価値を置く▽市民目線や顧客志向に欠ける▽前例主義で〈成功していない成功事例〉を踏襲▽部門間の縦割り主義▽他組織の他施策との整合性に欠ける</p>
<p>といった現状と問題がある</li>
<li>市民と地域が豊かになるには、地域づくりの計画や意思決定を「土建工学者など上から下ろす」仕組みから「市民が主体となる」仕組みに改める必要がある</li>
<li>若者は、▽私益より公益を重視▽経済利益より人との交流▽立身出世より対等で心地よい交流――を求める。その交流は〈心のよりどころとなる居場所〉にこそ芽生える</li>
<li>地域再生の目的が〈市民の幸せ〉にあるのか〈地域の成功〉にあるのか、今一度見直すべきである。なぜなら、地域づくりの専門家、言い換えれば中高年男性は〈経済的な豊かさ〉という〈成功〉にとりつかれているからである</li>
<li>今の学生たちにとってのたまり場は、主にコンビニやファストフード店といった大資本チェーン店。そうした店を愛して育った若者に、地域再生に欠かせない〈郷土愛〉が育つだろうか。そうした若者に、成人してからいきなり「地域を愛せ、地酒を飲め」といっても遅い</li>
<li>いわゆる中心市街地には、景気回復（＝箱物需要回復）を待つ地主たちによる青空駐車場があふれている。街中にまとまった土地を持つ人が、私益を求める暫定措置を決め込み、土地を公益のために活用する意思がないのは大きな問題</li>
<li>街中のシャッター商店が改築しない（＝用地転用しない）主な理由は、宅地や更地に比べ、商店という事業用地が相続税などの税制面で優遇されていることにある。つまり、一等地に土地を所有するものが私益を求めるのに格好の節税対策になるというわけだ</li>
</ul>
<p>今このときも「中心市街地活性化」と称して、〈まちなかに賑わいを創出する〉ための事業が計画されていると思う。しかしよく考えてほしいのは、そもそも〈中心市街地〉とはどういうエリアを指すのか、ということだ。</p>
<p>例えば当地においては、明治時代の福井駅の開業によって、街の中心が呉服町界隈から福井駅周辺へと大きく移動した。つまり、街の中心は時代の流れで動く性質をもっているのである。そのことを少しでも関係者が認識してくれれば、地方の鉄道が市民の足としてまだ根付いており、駅が交通の要衝として機能していた時代＝高度成長時代の成功体験に拘泥している現在の中心市街地再生議論が、いかに近現代の街の歴史を無視したものであるか理解できるだろうに、と思う。</p>
<p>最後に、関連書籍として本書で触れられていたタイトルを並べておく。</p>
<ul>
<li>久繁哲之介『日本版スローシティ』</li>
<li>広瀬盛行監修『住みよい街ベスト50』</li>
</ul>
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		<title>磯田道史『武士の家計簿』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/2331</link>
		<comments>http://www.tecking.org/archives/2331#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 29 Apr 2011 07:55:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
				<category><![CDATA[図書館で借りた]]></category>
		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[書評ではありません。付箋を貼った箇所のメモであり、大半の方にとっては役立たないエントリーかと思いますのであしからず。 加賀藩では、まず巨大な会計機構（御算用場）があって、そのなかに群奉行（民政部門）が作られていた。普通の藩では、政治が会計を行うが、加賀藩では、会計が政治を行っていたのである。 この時代、知行地を与えられたといっても実体はない。猪山家が高70石の知行地を与えられたといっても、その土地に住むわけでもなければ、見学に行くわけでもない。武士は知行の保有にこだわりながら、自分の知行地を一度も見ることなく死ぬ場合が少なくなかった。 武士の親族関係は、すぐさま金融関係（金の貸し借り）に転化されるものであった。武士の世界で、家柄・格式に見合った縁組が志向されるのは、何も身分意識のせいばかりではなかった。縁組をすれば、同時に金融の相手になるわけだから、経済的地位が同じである方がお互いにとって都合がよかった。 江戸時代とは、武士が経済総生産の相当部分を取り上げて消費していた社会。前期においては、おそらく武士が国内総生産の50％近くを取り上げて消費していた。 今日、明治維新によって、武士が身分的特権（身分収入）を失ったことばかりが強調されるが、同時に身分的義務（身分費用）から解放する意味を持っていたことを忘れてはならない。 江戸時代は商人や農民が武士を打ち倒す「革命」で終わったのではない。おもに武士身分の内部から発生した「維新」の動きによって終焉したのである。 妻の財産が夫と分離しがちなのには理由があった。江戸時代の離婚は、れほど長く続くものではなかった。まず寿命が短いから、すぐに「死別」になる。その上離婚が多い。農民よりも、武士の方が、むしろ離婚は多いかもしれない。だから、夫婦の財産はきっちり別になっていて、いつ離婚してもよいようになっていた。 サムライは金勘定をしないイメージがあるが、そうではない。生活が米の換算レートに左右されていたから相場にも金融にも鋭い目をもっていた。だから、明治になって銀行員になったものには意外に旧武士身分が多い。 幕末になって、百姓町人が農兵・町兵・諸隊として戊辰戦争を戦い、凱旋してきて、まず藩に要求したことは「村や町に帰っても袴を着用させろ」ということであった。袴を着けて帰れば、故郷の町や村で「武家扱い」されるからである。 武士には二つ名前がある。「諱（いみな）」と「通称」である。「信長」「家康」は諱であり、「太郎」「～兵衛」というのは通称である。諱は本名といってよいが、本人すら諱はめったに使わない。 士族層の行動パターンとして、多少の不満はあっても、上の「御沙汰」を常にうかがう。しかし、上の方針が明確でないとみた場合、自己の考えで判断する傾向がみられるのである。 教育して官僚・軍人にして身を立てさせる。とくに明治初年の士族はこの教育エネルギーが絶頂に達していた。日本近代の歩み、日露戦争を実質的に担った年齢層の将校達は、多かれ少なかれ、江戸時代の生き残りの父や祖父から、このような教育を受けて育っていた。この士族の家庭教育は、日露戦争の勝利に欠かせない要素となったが、その後の日本社会の進路に大きな弊害をもたらしたのも事実である。 大きな社会変動のある時代には、「今いる組織の外に出ても、必要とされる技術や能力を持っているか」が人の死活を分ける。かつて家柄を誇った士族たちの多くは、過去を懐かしみ、現状に不平をいい、そして将来を不安がった。彼らに未来はきていない。栄光の加賀藩とともに美しく沈んでいったのである。一方、自分の現状を嘆くより、自分の現行を嘆き、社会に役立つ技術を身に付けようとした士族には、未来がきた。 本書内で触れられていた関連書籍として 宮﨑克則『逃げる百姓、追う大名』 笠谷和比古『近世武家社会の政治構造』]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>書評ではありません。付箋を貼った箇所のメモであり、大半の方にとっては役立たないエントリーかと思いますのであしからず。<br />
<span id="more-2331"></span></p>
<ul>
<li> 加賀藩では、まず巨大な会計機構（御算用場）があって、そのなかに群奉行（民政部門）が作られていた。普通の藩では、政治が会計を行うが、加賀藩では、会計が政治を行っていたのである。</li>
<li>この時代、知行地を与えられたといっても実体はない。猪山家が高70石の知行地を与えられたといっても、その土地に住むわけでもなければ、見学に行くわけでもない。武士は知行の保有にこだわりながら、自分の知行地を一度も見ることなく死ぬ場合が少なくなかった。</li>
<li>武士の親族関係は、すぐさま金融関係（金の貸し借り）に転化されるものであった。武士の世界で、家柄・格式に見合った縁組が志向されるのは、何も身分意識のせいばかりではなかった。縁組をすれば、同時に金融の相手になるわけだから、経済的地位が同じである方がお互いにとって都合がよかった。</li>
<li>江戸時代とは、武士が経済総生産の相当部分を取り上げて消費していた社会。前期においては、おそらく武士が国内総生産の50％近くを取り上げて消費していた。</li>
<li>今日、明治維新によって、武士が身分的特権（身分収入）を失ったことばかりが強調されるが、同時に身分的義務（身分費用）から解放する意味を持っていたことを忘れてはならない。</li>
<li>江戸時代は商人や農民が武士を打ち倒す「革命」で終わったのではない。おもに武士身分の内部から発生した「維新」の動きによって終焉したのである。</li>
<li>妻の財産が夫と分離しがちなのには理由があった。江戸時代の離婚は、れほど長く続くものではなかった。まず寿命が短いから、すぐに「死別」になる。その上離婚が多い。農民よりも、武士の方が、むしろ離婚は多いかもしれない。だから、夫婦の財産はきっちり別になっていて、いつ離婚してもよいようになっていた。</li>
<li>サムライは金勘定をしないイメージがあるが、そうではない。生活が米の換算レートに左右されていたから相場にも金融にも鋭い目をもっていた。だから、明治になって銀行員になったものには意外に旧武士身分が多い。</li>
<li>幕末になって、百姓町人が農兵・町兵・諸隊として戊辰戦争を戦い、凱旋してきて、まず藩に要求したことは「村や町に帰っても袴を着用させろ」ということであった。袴を着けて帰れば、故郷の町や村で「武家扱い」されるからである。</li>
<li>武士には二つ名前がある。「諱（いみな）」と「通称」である。「信長」「家康」は諱であり、「太郎」「～兵衛」というのは通称である。諱は本名といってよいが、本人すら諱はめったに使わない。</li>
<li>士族層の行動パターンとして、多少の不満はあっても、上の「御沙汰」を常にうかがう。しかし、上の方針が明確でないとみた場合、自己の考えで判断する傾向がみられるのである。</li>
<li>教育して官僚・軍人にして身を立てさせる。とくに明治初年の士族はこの教育エネルギーが絶頂に達していた。日本近代の歩み、日露戦争を実質的に担った年齢層の将校達は、多かれ少なかれ、江戸時代の生き残りの父や祖父から、このような教育を受けて育っていた。この士族の家庭教育は、日露戦争の勝利に欠かせない要素となったが、その後の日本社会の進路に大きな弊害をもたらしたのも事実である。</li>
<li>大きな社会変動のある時代には、「今いる組織の外に出ても、必要とされる技術や能力を持っているか」が人の死活を分ける。かつて家柄を誇った士族たちの多くは、過去を懐かしみ、現状に不平をいい、そして将来を不安がった。彼らに未来はきていない。栄光の加賀藩とともに美しく沈んでいったのである。一方、自分の現状を嘆くより、自分の現行を嘆き、社会に役立つ技術を身に付けようとした士族には、未来がきた。</li>
</ul>
<p>本書内で触れられていた関連書籍として</p>
<ul>
<li>宮﨑克則『逃げる百姓、追う大名』</li>
<li>笠谷和比古『近世武家社会の政治構造』</li>
</ul>
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		<title>野地秩嘉『TOKYOオリンピック物語』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/2326</link>
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		<pubDate>Fri, 29 Apr 2011 07:02:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
				<category><![CDATA[図書館で借りた]]></category>
		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[昭和好きを自任する私だけに、最後までサクサクと楽しく読むことのできたノンフィクション。アスリート目線で語られることの多い東京オリンピックの〈日なた〉の部分ではなく、日陰だけどもその存在なしではオリンピックが成立しなかった人びとへのインタビューで構成されている。 亀倉雄策（グラフィックデザイナー……オリンピックのポスターなどをデザイン） 村上信夫（帝国ホテル料理長……選手村レストランの調理場を指揮） 竹下亨（日本IBMシステムエンジニア……オリンピック史上初の結果速報システムの開発を担当） 市川崑（映画監督……映画『東京オリンピック』を監督） 黛敏郎（音楽家……映画『東京オリンピック』の音楽を担当） などなど、そうそうたる面々へのインタビューを通し15年かけて書かれた力作だ。 著者は本書で、日本において〈チームプレイによる大プロジェクト〉が機能したのが東京オリンピックであると指摘し、インタビューの総括として以下のような一節を記している。 思えば、デザイン、料理、コンピュータ、記録映画に関わった人間たちは、マニュアルを見ながら仕事をしたのではない。彼らは自分たちでマニュアルを作った。体当たりで仕事にぶつかり、悪戦苦闘したあげく、自分たちの体験を仲間に伝え、ミスが起こらないようにしたのがマニュアル化だ。自分の恥だと思って、抱えてきた失敗を他人に進んで公開することで、同じようなミスが起こるのを防いだのである。つまり、システムとは自分が知らせたくないことを他人に伝えることから設計が始まる。 （p.263～p.264） この一節を読んで浮かんだのが、2011年3月11日に起きた東日本大地震による、東京電力福島第1原子力発電所の事故（現在進行中）だ。同原発の設計・施工・運用に関係した・関係している人びとは、果たして「自分が知らせたくないことを他人に伝え」てシステムを作り上げることに注力してきたのだろうか？　ふとそんなことを考えてしまった。 さて、前振りが長くなったが以降はいつもどおりの付箋メモ。 デザインには流行がある。書体、色、形のどれをとっても、そのなかに最新の気配が反映されていなければ、古くさいものと見なされてしまい、商売にならない。 「多数決でデザインの良しあしを決めるのは馬鹿げたことだ。特に有識者とか市民代表の意見はいらない。あくまで専門家が選ぶべきだ」というのが亀倉雄策の信念だった。デザイン、建築、絵画といった数値では表すことのできない価値を評価するのは見識を持った専門家がやるべきことで、素人の出る幕ではないと考えていた。 高度成長時代に入ったことで、庶民はグラフィックデザイナーの手になる商品デザインを日常的に目にするようになったが、依然として、デザインをする人間の存在を理解していなかった。一般の人々は、企業の内部にいるサラリーマンがパッケージに色をつけたり、文字を書いたりしていると考えていた。 堀内誠一の仕事ぶりをみた、当時デビューしたばかりの立木義浩は言った。「何もないところから絵柄を考えるのがアートディレクター（グラフィックデザイナー）で、出来たきたものを誌面に割り振るのがレイアウトマンでしょう」 「役人は前例踏襲が命」と言われているが、当時の役人、国鉄関係者の頭脳は躍動していた。だが、その後の国家的イベントにおいて向こう見ずな計画は立てられていない。インフラ整備の面からも東京オリンピックはがむしゃらな情熱の産物だったといえる。 市川崑は言った。「ドラマはアクションを撮る、ドキュメンタリーはリアクションを撮る」 ピクトグラムが標準化されたのは東京オリンピックが世界初であり、開発したのは日本のグラフィックデザイナーだった。世界各国から大勢の人間が来日するからといって、多言語の標識を作っていたのでは標識としての体をなさないからである。 ピクトグラムが完成したとき、チームを率いた勝見勝は12人のメンバーに言った。「あなたたちのやった仕事はすばらしい。しかし、それは社会に還元するべきものです。誰かが描いたとしてもそれは、日本人の仕事なんです」。著作権料を要求したらピクトグラムは普及しないと思ったのだろう、とは福田繁雄の言葉。 当時のデザイナーはパソコンもカラーコピーも知らないから、自分たちがやっていることが当たり前だと思っていた。単純作業の繰り返しに飽き飽きすることはあっても、焦燥感はない。 福田繁雄による亀倉雄策評。「色や形や美しさよりも職人の技術を信頼し、職人の技術の上に君臨したデザイナーでした。だから、デザイナーというよりも、むしろ政治家ですよ。絶対にできない仕事をやれる人間を見つけ出して現実にする。オリンピックのポスターでもカメラマンの早崎（治）君を抜擢して不可能を可能にした。あの人のデザインの力とは人の能力を見極める目です」 堤清二は『叙情と闘争』の中でこう述べている。「僕は敗戦後の日本経済の躍進の大きな要因のひとつに、経済外的な条件の変化がもたらしたものではあるが、指導者が一斉に若返ったことがあると思う。この、『一斉に』というところが実は大切なのだ。というのは個々の企業が若返っても、社会のシステムが若返っていないと、若さが貫徹しないからである」 本署の中で触れられていた関連書籍として レイモンド・ローウィー『口紅から機関車まで』 奥山眞『東京オリンピック女子選手村』]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昭和好きを自任する私だけに、最後までサクサクと楽しく読むことのできたノンフィクション。アスリート目線で語られることの多い東京オリンピックの〈日なた〉の部分ではなく、日陰だけどもその存在なしではオリンピックが成立しなかった人びとへのインタビューで構成されている。</p>
<ul>
<li>亀倉雄策（グラフィックデザイナー……オリンピックのポスターなどをデザイン）</li>
<li>村上信夫（帝国ホテル料理長……選手村レストランの調理場を指揮）</li>
<li>竹下亨（日本IBMシステムエンジニア……オリンピック史上初の結果速報システムの開発を担当）</li>
<li>市川崑（映画監督……映画『東京オリンピック』を監督）</li>
<li>黛敏郎（音楽家……映画『東京オリンピック』の音楽を担当）</li>
</ul>
<p>などなど、そうそうたる面々へのインタビューを通し15年かけて書かれた力作だ。</p>
<p><span id="more-2326"></span>著者は本書で、日本において〈チームプレイによる大プロジェクト〉が機能したのが東京オリンピックであると指摘し、インタビューの総括として以下のような一節を記している。</p>
<blockquote><p>思えば、デザイン、料理、コンピュータ、記録映画に関わった人間たちは、マニュアルを見ながら仕事をしたのではない。彼らは自分たちでマニュアルを作った。体当たりで仕事にぶつかり、悪戦苦闘したあげく、自分たちの体験を仲間に伝え、ミスが起こらないようにしたのがマニュアル化だ。自分の恥だと思って、抱えてきた失敗を他人に進んで公開することで、同じようなミスが起こるのを防いだのである。つまり、<strong>システムとは自分が知らせたくないことを他人に伝えることから設計が始まる</strong>。<br />
（p.263～p.264）</p></blockquote>
<p>この一節を読んで浮かんだのが、2011年3月11日に起きた東日本大地震による、東京電力福島第1原子力発電所の事故（現在進行中）だ。同原発の設計・施工・運用に関係した・関係している人びとは、果たして「自分が知らせたくないことを他人に伝え」てシステムを作り上げることに注力してきたのだろうか？　ふとそんなことを考えてしまった。</p>
<p>さて、前振りが長くなったが以降はいつもどおりの付箋メモ。</p>
<ul>
<li>デザインには流行がある。書体、色、形のどれをとっても、そのなかに最新の気配が反映されていなければ、古くさいものと見なされてしまい、商売にならない。</li>
<li>「多数決でデザインの良しあしを決めるのは馬鹿げたことだ。特に有識者とか市民代表の意見はいらない。あくまで専門家が選ぶべきだ」というのが亀倉雄策の信念だった。デザイン、建築、絵画といった数値では表すことのできない価値を評価するのは見識を持った専門家がやるべきことで、素人の出る幕ではないと考えていた。</li>
<li>高度成長時代に入ったことで、庶民はグラフィックデザイナーの手になる商品デザインを日常的に目にするようになったが、依然として、デザインをする人間の存在を理解していなかった。一般の人々は、企業の内部にいるサラリーマンがパッケージに色をつけたり、文字を書いたりしていると考えていた。</li>
<li>堀内誠一の仕事ぶりをみた、当時デビューしたばかりの立木義浩は言った。「何もないところから絵柄を考えるのがアートディレクター（グラフィックデザイナー）で、出来たきたものを誌面に割り振るのがレイアウトマンでしょう」</li>
<li>「役人は前例踏襲が命」と言われているが、当時の役人、国鉄関係者の頭脳は躍動していた。だが、その後の国家的イベントにおいて向こう見ずな計画は立てられていない。インフラ整備の面からも東京オリンピックはがむしゃらな情熱の産物だったといえる。</li>
<li>市川崑は言った。「ドラマはアクションを撮る、ドキュメンタリーはリアクションを撮る」</li>
<li>ピクトグラムが標準化されたのは東京オリンピックが世界初であり、開発したのは日本のグラフィックデザイナーだった。世界各国から大勢の人間が来日するからといって、多言語の標識を作っていたのでは標識としての体をなさないからである。</li>
<li>ピクトグラムが完成したとき、チームを率いた勝見勝は12人のメンバーに言った。「あなたたちのやった仕事はすばらしい。しかし、それは社会に還元するべきものです。誰かが描いたとしてもそれは、日本人の仕事なんです」。著作権料を要求したらピクトグラムは普及しないと思ったのだろう、とは福田繁雄の言葉。</li>
<li>当時のデザイナーはパソコンもカラーコピーも知らないから、自分たちがやっていることが当たり前だと思っていた。単純作業の繰り返しに飽き飽きすることはあっても、焦燥感はない。</li>
<li>福田繁雄による亀倉雄策評。「色や形や美しさよりも職人の技術を信頼し、職人の技術の上に君臨したデザイナーでした。だから、デザイナーというよりも、むしろ政治家ですよ。絶対にできない仕事をやれる人間を見つけ出して現実にする。オリンピックのポスターでもカメラマンの早崎（治）君を抜擢して不可能を可能にした。あの人のデザインの力とは人の能力を見極める目です」</li>
<li>堤清二は『叙情と闘争』の中でこう述べている。「僕は敗戦後の日本経済の躍進の大きな要因のひとつに、経済外的な条件の変化がもたらしたものではあるが、指導者が一斉に若返ったことがあると思う。この、『一斉に』というところが実は大切なのだ。というのは個々の企業が若返っても、社会のシステムが若返っていないと、若さが貫徹しないからである」</li>
</ul>
<p>本署の中で触れられていた関連書籍として</p>
<ul>
<li>レイモンド・ローウィー『口紅から機関車まで』</li>
<li>奥山眞『東京オリンピック女子選手村』</li>
</ul>
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		<item>
		<title>徳岡邦夫『京都吉兆 しごとの作法』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/2013</link>
		<comments>http://www.tecking.org/archives/2013#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 22 Feb 2011 14:49:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
				<category><![CDATA[図書館で借りた]]></category>
		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[たしか『idea*idea』で書評を読んだ本だと思うのだが、ラッキーなことに近くの図書館に入っていたので予約して借りてきた。ということでいつものとおり、付箋を貼った箇所を要約しつつ抜き書き。 売り上げは社会からの評価。品質の良いものを提供していても、社会とのニーズがあれば売り上げは落ちる。一方、リピート率は顧客の満足度に近い。料亭にニーズがあっても、店の料理やサービスに不満を感じたら客は次の料亭を選ぶだろう。 質の良い仕事をするには仮説と検証が重要。経験を積むほど自分の仮説を過信して、客に直接要望を聞くという検証を怠ってしまいがち。客を属性で類型化することもその一つ。 京都吉兆では、業界では若手とされる料理人に調理場を任せる。キャリアが長くなると過去の成功体験に頼るようになり、「この調理法ならお客さまは満足するはず」という思い込みにつながるから。自分たちの目指す〈感涙のサービス〉の妨げになる場合がある。 今評価されるのは、ノウハウを隠している人ではなく、質の高い情報を自ら発信している人。料理のレシピは遅かれ早かれ世に広まるのだから、自分から「考案者は私です」と言ってしまった方が社会から必要とされる人間になれる。 新人に掃除をさせるのは苦労させることを目的とした下積みではない。飲食業に必要な衛生観念を身につけてもらうためのものである。 人間の成長を左右するのは、経験の量ではなく、一つ一つの経験から何かを学ぼうとする問題意識である。 「お客さまが大切だ」ということを伝えたいなら、「お客さまの何を大切にしたいのか」「大切にするには、どういう行動が必要なのか」「そもそも自分にとってお客さまとはどういう存在なのか」など、どんどん掘り下げて考えてみるべきだ。 まじめにこつこつやるのは仕事のプロとして当然のこと。その上でいかに自分から情報を発信し、周囲に理解してもらうか。その力がいま、あらゆる仕事に求められているのではないか。 私は「飲みに行こう」「いいね、今度行こう」という社交辞令が好きではない。本当にそのつもりがあるなら、その場で予定を決めてしかるべきである。 私は〈人気者〉でいたい。スポットライトを浴びる人間という意味ではなく、人気者＝みんなから必要とされる人、という意味である。自分の価値を決めるのは自分でなくまわりの人であり、人から必要とされる限り、できるだけそれに応えたいという思いでいる。 仕事で成果を出す人とそうでない人との違いは、能力でなく失敗の数。成果を出せない人が一度の失敗でくじけて迷っているうちに、成果を出す人は次の方法を試している。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>たしか『idea*idea』で書評を読んだ本だと思うのだが、ラッキーなことに近くの図書館に入っていたので予約して借りてきた。ということでいつものとおり、付箋を貼った箇所を要約しつつ抜き書き。<span id="more-2013"></span></p>
<ul>
<li>売り上げは社会からの評価。品質の良いものを提供していても、社会とのニーズがあれば売り上げは落ちる。一方、リピート率は顧客の満足度に近い。料亭にニーズがあっても、店の料理やサービスに不満を感じたら客は次の料亭を選ぶだろう。</li>
<li>質の良い仕事をするには仮説と検証が重要。経験を積むほど自分の仮説を過信して、客に直接要望を聞くという検証を怠ってしまいがち。客を属性で類型化することもその一つ。</li>
<li>京都吉兆では、業界では若手とされる料理人に調理場を任せる。キャリアが長くなると過去の成功体験に頼るようになり、「この調理法ならお客さまは満足するはず」という思い込みにつながるから。自分たちの目指す〈感涙のサービス〉の妨げになる場合がある。</li>
<li>今評価されるのは、ノウハウを隠している人ではなく、質の高い情報を自ら発信している人。料理のレシピは遅かれ早かれ世に広まるのだから、自分から「考案者は私です」と言ってしまった方が社会から必要とされる人間になれる。</li>
<li>新人に掃除をさせるのは苦労させることを目的とした下積みではない。飲食業に必要な衛生観念を身につけてもらうためのものである。</li>
<li>人間の成長を左右するのは、経験の量ではなく、一つ一つの経験から何かを学ぼうとする問題意識である。</li>
<li>「お客さまが大切だ」ということを伝えたいなら、「お客さまの何を大切にしたいのか」「大切にするには、どういう行動が必要なのか」「そもそも自分にとってお客さまとはどういう存在なのか」など、どんどん掘り下げて考えてみるべきだ。</li>
<li>まじめにこつこつやるのは仕事のプロとして当然のこと。その上でいかに自分から情報を発信し、周囲に理解してもらうか。その力がいま、あらゆる仕事に求められているのではないか。</li>
<li>私は「飲みに行こう」「いいね、今度行こう」という社交辞令が好きではない。本当にそのつもりがあるなら、その場で予定を決めてしかるべきである。</li>
<li>私は〈人気者〉でいたい。スポットライトを浴びる人間という意味ではなく、人気者＝みんなから必要とされる人、という意味である。自分の価値を決めるのは自分でなくまわりの人であり、人から必要とされる限り、できるだけそれに応えたいという思いでいる。</li>
<li>仕事で成果を出す人とそうでない人との違いは、能力でなく失敗の数。成果を出せない人が一度の失敗でくじけて迷っているうちに、成果を出す人は次の方法を試している。</li>
</ul>
<p><span style="font-size: small;"><span style="line-height: 24px;"><br />
</span></span></p>
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		<title>大西寿男『校正のこころ 積極的受け身のすすめ』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/1848</link>
		<comments>http://www.tecking.org/archives/1848#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 12 Nov 2010 05:42:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
				<category><![CDATA[図書館で借りた]]></category>
		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[岩波書店や集英社、河出書房新社などの外部校正者を経て、1998年に個人出版事務所を開設した著者。校正の〈こころ〉とあるだけに、単なる技術論だけでなく、現役の校正者や校正の仕事を志す人、辞令一枚渡されて校正・校閲の部署に異動になった人たちが備えておくべき〈仕事の姿勢〉について書かれている。 では、例によって以下、付箋をつけたところを要約。 校正のこころをもつことは、言葉を回復し再発見する力を宿すこと。 素読みが、いま現在の校正の仕事の中核をなしているといっても過言ではない。 年号や、人名・地名・書名といった固有名詞のかんちがい、引用文の引き写しミス、専門家にしか分からないような事実関係のあやまりなど、およそ人間が書く原稿に完璧などあり得ないというのが、校正にたずさわってきた者の実感。 校正の作業の中心は何かと問われれば、それは調査と検査であると答えることができる。 どんな赤字の入れ方が〈美しい〉のか。まず、文字が美しいこと。いわゆる達筆ではなく、活字の書体を模して、正確にはっきり丁寧に書かれていることが大事。ついで、ゲラの見開きページの中で、引き出し線が機能的かつ合理的な長さと方向をもって展開されていること。 言葉には相反する二つの力が働いている。一つは、できるだけ多く、できるだけ遠く、不特定の読者のもとへ届こうとする力。もう一つは、ごく限られた読者にのみ受け止めてもらおうとする排他的な力である。 校正のベクトル。縦軸（引き合わせ／素読み）が校正の肉体とすると、横軸（正す／整える）は校正の精神を表す。活版時代の校正からデジタル化した現在へと、校正の比重は（正す,引き合わせ）の座標から（整える,素読み）の座標へ移ってきている。 編集者の読みには、著者と読者の顔が見え、肉声が聞こえていなければならない。 著者の大学時代の恩師の言葉。「文章を書くときに何が一番難しいか。それは〈何を書かないか〉だ。〈何を書くか〉ではない」 「常用漢字表」「人名用漢字別表」「学習漢字」「改訂現在仮名遣い」「送り仮名の付け方」「外来語の表記」といった〈国定表記法〉に依って校正をすることはある意味で危険。多様で、常に変化し、生成と消滅を続ける言葉の豊かな表現世界を、一定の枠組みに閉じ込めることになるわけだからだ。 校正者は辞書を引くことを、自分の無知をさらけ出すこととして恥じてはいけない。 ある出版社の校閲室長の言葉。「校正は出版社にとって肝臓のようなものである。〈沈黙の臓器〉と呼ばれるように、ふだんは静かにして存在を感じさせないが、いったん肝臓が機能不全を起こすと、全身がダメになる」 戦後の日本に限っていえば、個人が自らの言葉を発することに昂揚した時期が、これまでに3回あったと思う。その三つとは、講和条約締結から60年安保、第五福竜丸の被爆を契機とした原水爆禁止運動、70年安保の時代だ。そしてそれらは、市民としての個人の言葉が政治的集団の言葉に収斂されるという経過をたどった。 パソコンやメール、インターネット、携帯電話の文章世界は、ページ単位で文章が分割されているという感覚を希薄にさせ、冊子本以前の時代、つまり巻子本の世界に書き手を近づける。言葉の表現世界のもつ時空間の軸が、理性的・論理的・分析的で直線的なものから、より情緒的に、より宗教的に（あるいは倫理的に）、より物語的になるのはないか、という予感を抱いている。 本文用よりも、見出し・タイトル用のデジタルフォントが隆盛を誇っている背景。メーカー側の視点に立てば、他商品との差違を図りやすいという動機がある。ユーザー側の視点に立てば〈読むための活字〉よりも、はるかに〈魅せるための活字〉を人々が求めているということを表している。 校正のこころとは、よろこびを「よろこび」と名づけ、悲しみを「どんなに悲しいか」と物語る言葉を、自分に取り戻し、再発見し、客観化する力。 言葉についてのセンスは、どれだけその人が「生きた言葉」に立ち会ってきたか、にかかわってくると思う。「生きた言葉」はどこにでもある。もちろん、本の中にもあるが、むしろその多くは、私たちの日常生活のうちにあるのではないだろうか。家族との会話、仕事先での議論、友人や恋人とのおしゃべり、街でふと耳にした言葉の端々……ちょっとしたやりとりの中に、多くの深い思いがこもっているものである。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>岩波書店や集英社、河出書房新社などの外部校正者を経て、1998年に個人出版事務所を開設した著者。校正の〈こころ〉とあるだけに、単なる技術論だけでなく、現役の校正者や校正の仕事を志す人、辞令一枚渡されて校正・校閲の部署に異動になった人たちが備えておくべき〈仕事の姿勢〉について書かれている。</p>
<p>では、例によって以下、付箋をつけたところを要約。<br />
<span id="more-1848"></span></p>
<ul>
<li>校正のこころをもつことは、言葉を回復し再発見する力を宿すこと。</li>
<li>素読みが、いま現在の校正の仕事の中核をなしているといっても過言ではない。</li>
<li>年号や、人名・地名・書名といった固有名詞のかんちがい、引用文の引き写しミス、専門家にしか分からないような事実関係のあやまりなど、およそ人間が書く原稿に完璧などあり得ないというのが、校正にたずさわってきた者の実感。</li>
<li>校正の作業の中心は何かと問われれば、それは調査と検査であると答えることができる。</li>
<li>どんな赤字の入れ方が〈美しい〉のか。まず、文字が美しいこと。いわゆる達筆ではなく、活字の書体を模して、正確にはっきり丁寧に書かれていることが大事。ついで、ゲラの見開きページの中で、引き出し線が機能的かつ合理的な長さと方向をもって展開されていること。</li>
<li>言葉には相反する二つの力が働いている。一つは、できるだけ多く、できるだけ遠く、不特定の読者のもとへ届こうとする力。もう一つは、ごく限られた読者にのみ受け止めてもらおうとする排他的な力である。</li>
<li>校正のベクトル。縦軸（引き合わせ／素読み）が校正の肉体とすると、横軸（正す／整える）は校正の精神を表す。活版時代の校正からデジタル化した現在へと、校正の比重は（正す,引き合わせ）の座標から（整える,素読み）の座標へ移ってきている。</li>
<li>編集者の読みには、著者と読者の顔が見え、肉声が聞こえていなければならない。</li>
<li>著者の大学時代の恩師の言葉。「文章を書くときに何が一番難しいか。それは〈何を書かないか〉だ。〈何を書くか〉ではない」</li>
<li>「常用漢字表」「人名用漢字別表」「学習漢字」「改訂現在仮名遣い」「送り仮名の付け方」「外来語の表記」といった〈国定表記法〉に依って校正をすることはある意味で危険。多様で、常に変化し、生成と消滅を続ける言葉の豊かな表現世界を、一定の枠組みに閉じ込めることになるわけだからだ。</li>
<li>校正者は辞書を引くことを、自分の無知をさらけ出すこととして恥じてはいけない。</li>
<li>ある出版社の校閲室長の言葉。「校正は出版社にとって肝臓のようなものである。〈沈黙の臓器〉と呼ばれるように、ふだんは静かにして存在を感じさせないが、いったん肝臓が機能不全を起こすと、全身がダメになる」</li>
<li>戦後の日本に限っていえば、個人が自らの言葉を発することに昂揚した時期が、これまでに3回あったと思う。その三つとは、講和条約締結から60年安保、第五福竜丸の被爆を契機とした原水爆禁止運動、70年安保の時代だ。そしてそれらは、市民としての個人の言葉が政治的集団の言葉に収斂されるという経過をたどった。</li>
<li>パソコンやメール、インターネット、携帯電話の文章世界は、ページ単位で文章が分割されているという感覚を希薄にさせ、冊子本以前の時代、つまり巻子本の世界に書き手を近づける。言葉の表現世界のもつ時空間の軸が、理性的・論理的・分析的で直線的なものから、より情緒的に、より宗教的に（あるいは倫理的に）、より物語的になるのはないか、という予感を抱いている。</li>
<li>本文用よりも、見出し・タイトル用のデジタルフォントが隆盛を誇っている背景。メーカー側の視点に立てば、他商品との差違を図りやすいという動機がある。ユーザー側の視点に立てば〈読むための活字〉よりも、はるかに〈魅せるための活字〉を人々が求めているということを表している。</li>
<li>校正のこころとは、よろこびを「よろこび」と名づけ、悲しみを「どんなに悲しいか」と物語る言葉を、自分に取り戻し、再発見し、客観化する力。</li>
<li>言葉についてのセンスは、どれだけその人が「生きた言葉」に立ち会ってきたか、にかかわってくると思う。「生きた言葉」はどこにでもある。もちろん、本の中にもあるが、むしろその多くは、私たちの日常生活のうちにあるのではないだろうか。家族との会話、仕事先での議論、友人や恋人とのおしゃべり、街でふと耳にした言葉の端々……ちょっとしたやりとりの中に、多くの深い思いがこもっているものである。</li>
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		<title>保阪正康『田中角栄の昭和』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/1839</link>
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		<pubDate>Fri, 05 Nov 2010 17:16:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
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		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[個人的にいろいろ読み込んでいる〈昭和本〉の一冊。新書判で400ページ超というボリュームだったせいか、それとも昭和好きが高じてか、いつもに比べて付箋をつけた箇所が多かったように思う。 民主党には田中政治に相通じる三つの特徴があるように思う。第一点は人間の幸福感を物量による尺度においていることだ。《中略》第二点は、その政治姿勢がリベラルな立場にあることだった。《中略》第三点なのだが、田中は金権政治という汚名を浴びているが、確かにその政治家生活には多額の政治資金を投入した。《中略》小沢や鳩山の政治手法にもそれに共通する姿勢があった。 田中は戦後日本が歩んだ経済、物量至上主義の社会構造や社会意識をそのまま代弁している人物だが、それが外圧によって解体させられていくその光景は、戦後日本の社会が解体させられていくときの最初の犠牲者のように映ったという意味である。 近代日本を支えた知識や教養とは一線を引き、生活者そのものの本音を恥じらうことなく露出し続けた。 田中が炭管汚職に連座し、つまりは無罪になったにせよ、このプロセスで学んだことをのちの動きとからませながら分析していけば、次の三つの教訓を身につけたといえるだろう。第一点は、政治資金は自前で調達し、他人からの献金に頼らないという哲学である。《中略》第二点は、法律に熟知するということである。《中略》第三点は、地元新潟三区の陳情はなんとしても実現させることであった。選挙民との実利的な関係を深めていけば、選挙に落ちるということはないとの確信をもったのである。 公的な立場にいるものが用いる言葉は、常にふたつの点が厳しく問われる。ひとつは、ひとたび口にした以上、宿命的に負わされる責任。もうひとつは、大衆を動かす情緒的な言語を駆使する能力、である。 「田中角栄」という政治家は、平気で形而下の言を弄し、人の欲望を「地位」と「カネ」で割り切った。 現実が存在するには――たとえそれがいかに不合理であろうとも――相応の理由がある。その理由は、田中に言わせればすべてが人間の欲望や打算、そして世智によって生み出されるというのであった。 大蔵大臣として果たした功罪は多岐にわたるが、その罪は、「精神なき物量社会」という社会の空洞化だったとも言えるであろう。 ひとつのプロジェクトをもちだすときに田中の用いる瓶法は、常にマイナスをカバーする論理を含ませている。正確な田中像を描くときに重要なのは、この論法の普遍性を確かめうるか否かにかかっている。 田中はその政治風土が生んだもっとも「正統的な金権政治家」であると、私は考えているが、一面で田中が政治力を身につけるにはそれしか有効な手だてがなかったとも言える。 田中はその体質において、日本の共同社会（農村自治体）の凝縮そのものである。 昭和四十四年十二月の総選挙を起点に、それは自民党の未曾有の勝利という政治的実演をもとにしてという意味になるのだが、田中には政治家として三点の歴史的役割が課せられたと言える。この三点とは次のようなものである。一、国民の欲望肥大を加速させるのか、抑制させるのかの選択。二、歴代内閣と異なる過大ともいうべき期待への対応。三、議会政治の内部からの変革。人材交代期の演出。 （美濃部都政に代表される）確信潮流は、欲望の肥大と無限の甘えを両輪として動いているにすぎなかったのだが。 （田中が総理に就任した頃の）時代は田中角栄を必要としていたのではなく、もっとも素朴に共同体言語を発する指導者を求めていたということになるだろう。 （総理に就任して）田中はこの二つ（＝列島改造と中国との国交正常化）を約束したが、はからずもこれは昭和初期の積み残しの問題を解決することだった。田中自身は気づいていないことだが、それは日本の旧体制の構造と意識を改革させる意味をもっていた。 オイルショックは、はからずも田中政治そのものの内実を問うことになったのである。しかせこのオイルショックは、戦後日本の経済繁栄を根本から問うてもいた。 田中にカネをもらい、地位を与えられ、便宜を図ってもらい、そしてこの社会の目に見える形の欲望を充足させようとしたのは政治家であり、国民であった。田中の金脈から生み出されるカネにありつき、それを貪ったのもまた政治家であり、国民であった。 関連図書は以下のとおり。 立花隆『田中角栄研究全記録（上・下）』 木村喜助『田中角栄の真実（弁護人から見たロッキード事件）』]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>個人的にいろいろ読み込んでいる〈昭和本〉の一冊。新書判で400ページ超というボリュームだったせいか、それとも昭和好きが高じてか、いつもに比べて付箋をつけた箇所が多かったように思う。</p>
<p><span id="more-1839"></span></p>
<ul>
<li>民主党には田中政治に相通じる三つの特徴があるように思う。第一点は人間の幸福感を物量による尺度においていることだ。《中略》第二点は、その政治姿勢がリベラルな立場にあることだった。《中略》第三点なのだが、田中は金権政治という汚名を浴びているが、確かにその政治家生活には多額の政治資金を投入した。《中略》小沢や鳩山の政治手法にもそれに共通する姿勢があった。</li>
<li>田中は戦後日本が歩んだ経済、物量至上主義の社会構造や社会意識をそのまま代弁している人物だが、それが外圧によって解体させられていくその光景は、戦後日本の社会が解体させられていくときの最初の犠牲者のように映ったという意味である。</li>
<li>近代日本を支えた知識や教養とは一線を引き、生活者そのものの本音を恥じらうことなく露出し続けた。</li>
<li>田中が炭管汚職に連座し、つまりは無罪になったにせよ、このプロセスで学んだことをのちの動きとからませながら分析していけば、次の三つの教訓を身につけたといえるだろう。第一点は、政治資金は自前で調達し、他人からの献金に頼らないという哲学である。《中略》第二点は、法律に熟知するということである。《中略》第三点は、地元新潟三区の陳情はなんとしても実現させることであった。選挙民との実利的な関係を深めていけば、選挙に落ちるということはないとの確信をもったのである。</li>
<li>公的な立場にいるものが用いる言葉は、常にふたつの点が厳しく問われる。ひとつは、ひとたび口にした以上、宿命的に負わされる責任。もうひとつは、大衆を動かす情緒的な言語を駆使する能力、である。</li>
<li>「田中角栄」という政治家は、平気で形而下の言を弄し、人の欲望を「地位」と「カネ」で割り切った。</li>
<li>現実が存在するには――たとえそれがいかに不合理であろうとも――相応の理由がある。その理由は、田中に言わせればすべてが人間の欲望や打算、そして世智によって生み出されるというのであった。</li>
<li>大蔵大臣として果たした功罪は多岐にわたるが、その罪は、「精神なき物量社会」という社会の空洞化だったとも言えるであろう。</li>
<li>ひとつのプロジェクトをもちだすときに田中の用いる瓶法は、常にマイナスをカバーする論理を含ませている。正確な田中像を描くときに重要なのは、この論法の普遍性を確かめうるか否かにかかっている。</li>
<li>田中はその政治風土が生んだもっとも「正統的な金権政治家」であると、私は考えているが、一面で田中が政治力を身につけるにはそれしか有効な手だてがなかったとも言える。</li>
<li>田中はその体質において、日本の共同社会（農村自治体）の凝縮そのものである。</li>
<li>昭和四十四年十二月の総選挙を起点に、それは自民党の未曾有の勝利という政治的実演をもとにしてという意味になるのだが、田中には政治家として三点の歴史的役割が課せられたと言える。この三点とは次のようなものである。一、国民の欲望肥大を加速させるのか、抑制させるのかの選択。二、歴代内閣と異なる過大ともいうべき期待への対応。三、議会政治の内部からの変革。人材交代期の演出。</li>
<li>（美濃部都政に代表される）確信潮流は、欲望の肥大と無限の甘えを両輪として動いているにすぎなかったのだが。</li>
<li>（田中が総理に就任した頃の）時代は田中角栄を必要としていたのではなく、もっとも素朴に共同体言語を発する指導者を求めていたということになるだろう。</li>
<li>（総理に就任して）田中はこの二つ（＝列島改造と中国との国交正常化）を約束したが、はからずもこれは昭和初期の積み残しの問題を解決することだった。田中自身は気づいていないことだが、それは日本の旧体制の構造と意識を改革させる意味をもっていた。</li>
<li>オイルショックは、はからずも田中政治そのものの内実を問うことになったのである。しかせこのオイルショックは、戦後日本の経済繁栄を根本から問うてもいた。</li>
<li>田中にカネをもらい、地位を与えられ、便宜を図ってもらい、そしてこの社会の目に見える形の欲望を充足させようとしたのは政治家であり、国民であった。田中の金脈から生み出されるカネにありつき、それを貪ったのもまた政治家であり、国民であった。</li>
</ul>
<p>関連図書は以下のとおり。</p>
<ul>
<li>立花隆『田中角栄研究全記録（上・下）』</li>
<li>木村喜助『田中角栄の真実（弁護人から見たロッキード事件）』</li>
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		<title>雪朱里『文字をつくる 9人の書体デザイナー』</title>
		<link>http://www.tecking.org/archives/1827</link>
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		<pubDate>Wed, 13 Oct 2010 03:27:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tecking</dc:creator>
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		<category><![CDATA[読書記録]]></category>

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		<description><![CDATA[発売時より注目していて、Amazonの『ほしい物リスト』に放り込んだままだった一冊。近くの図書館にあるのが分かったので、ひとまず「お試し読み」ということで借りてきた（著者の雪さんゴメンナサイ）。 いい！　すごくいい！　ウェブデザイナーもぜひ読むべき、という内容だった……ということで以下抜き書き。 鳥海修氏（『流麗仮名』ほか）のメイキング 以前は四八ミリの枠のなかに一文字ずつ輪郭をとってレタリングしていたが、今回（＝流麗仮名の制作）は二センチの文字で「あいうえお」とどんどん書いていった。これによって「文字が並んだときの感じが鮮明になる」。墨はそのつど摺る。墨汁を使うより、その方が濃度を一定に保ちやすいという。 西塚涼子氏（『かづらき』） （書体デザイナーを目指す人は）「日本語をつくってみてもらいたいということですね。ひらがな、カタカナを全部つくると、とんでもないほどの時間と労力が必要で、数文字書いて楽しいというのでは進まない壁がいっぱい登場すると思うんです。それをクリアできなければ、書体デザイナーにはたぶん向いてない。でも、楽しい！　と思ったまま最後まで行くのなら、向いてるっていうことだと思うんですよね」 大平善道氏（『ZENオールド明朝』ファミリーほか） （書体づくりに没頭できた理由は）「長いあいだ残るものだからこそ、自分の人生そのものを注ぎ込めると思ったんです。一〇〇年も残るかもしれないものだから、人生をかけてもいいのだ、と」 片岡朗氏（『丸明オールド』ほか） 「文字をたくさん書いた人ほど、ある程度まとまった個性の違う癖みたいなものがあるという気がしているんです」 小林章氏（『Clifford』ほか） 「新鮮な材料を刻んで盛りつけるだけなら、だれでもできる。工夫そのものに気づいてもらえなくても、お客さまがちょっとした心地よさを感じながら食事をされるよう心を配る、それがプロです。同様に、一〇〇人がフォントを見ても『ここに工夫が』と指摘する人がだれもいないような細部にまで神経を使うのがプロなんです」 小宮山博史氏（『平成明朝体』ほか） 「いまはパソコンのキーボードを打てば文字は自動的に現れると思っている人が多い。その文字はもともとだれかが書いたものだと思い至りもしない」 「いまは文字に関することだと“タイポグラフィ”という言葉がよく用いられますが、“レタリング”とは文字を書く技術のことを指すのであって、決して古い言葉ではないんですよ。自分で書いてみると、よいところ悪いところがすぐにわかるんです」 「一冊の本を読むには少なくとも三、四時間を要しますよね。つまり、読者は大切な人生のいくばくかの時間を、そこで使っているんです。だから書体デザイナーは、読み手が引っかかりや不快感を抱く書体をつくってはいけないと思うし、文字を組むデザイナーは、内容に合った書体を選ばなくてはいけないと思いますよ」 加えて付箋を貼った関連本。 佐藤敬之輔『英字デザイン』 小宮山博史『日本語活字ものがたり』]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>発売時より注目していて、Amazonの『ほしい物リスト』に放り込んだままだった一冊。近くの図書館にあるのが分かったので、ひとまず「お試し読み」ということで借りてきた（著者の雪さんゴメンナサイ）。</p>
<p>いい！　すごくいい！　ウェブデザイナーもぜひ読むべき、という内容だった……ということで以下抜き書き。</p>
<p><span id="more-1827"></span>
<ul>
<li>鳥海修氏（『流麗仮名』ほか）のメイキング<br />
	以前は四八ミリの枠のなかに一文字ずつ輪郭をとってレタリングしていたが、今回（＝流麗仮名の制作）は二センチの文字で「あいうえお」とどんどん書いていった。これによって「文字が並んだときの感じが鮮明になる」。墨はそのつど摺る。墨汁を使うより、その方が濃度を一定に保ちやすいという。</li>
<li>西塚涼子氏（『かづらき』）<br />
	（書体デザイナーを目指す人は）「日本語をつくってみてもらいたいということですね。ひらがな、カタカナを全部つくると、とんでもないほどの時間と労力が必要で、数文字書いて楽しいというのでは進まない壁がいっぱい登場すると思うんです。それをクリアできなければ、書体デザイナーにはたぶん向いてない。でも、楽しい！　と思ったまま最後まで行くのなら、向いてるっていうことだと思うんですよね」</li>
<li>大平善道氏（『ZENオールド明朝』ファミリーほか）<br />
	（書体づくりに没頭できた理由は）「長いあいだ残るものだからこそ、自分の人生そのものを注ぎ込めると思ったんです。一〇〇年も残るかもしれないものだから、人生をかけてもいいのだ、と」</li>
<li>片岡朗氏（『丸明オールド』ほか）<br />
	「文字をたくさん書いた人ほど、ある程度まとまった個性の違う癖みたいなものがあるという気がしているんです」</li>
<li>小林章氏（『Clifford』ほか）<br />
	「新鮮な材料を刻んで盛りつけるだけなら、だれでもできる。工夫そのものに気づいてもらえなくても、お客さまがちょっとした心地よさを感じながら食事をされるよう心を配る、それがプロです。同様に、一〇〇人がフォントを見ても『ここに工夫が』と指摘する人がだれもいないような細部にまで神経を使うのがプロなんです」</li>
<li>小宮山博史氏（『平成明朝体』ほか）<br />
	「いまはパソコンのキーボードを打てば文字は自動的に現れると思っている人が多い。その文字はもともとだれかが書いたものだと思い至りもしない」<br />
	「いまは文字に関することだと“タイポグラフィ”という言葉がよく用いられますが、“レタリング”とは文字を書く技術のことを指すのであって、決して古い言葉ではないんですよ。自分で書いてみると、よいところ悪いところがすぐにわかるんです」<br />
	「一冊の本を読むには少なくとも三、四時間を要しますよね。つまり、読者は大切な人生のいくばくかの時間を、そこで使っているんです。だから書体デザイナーは、読み手が引っかかりや不快感を抱く書体をつくってはいけないと思うし、文字を組むデザイナーは、内容に合った書体を選ばなくてはいけないと思いますよ」</li>
</ul>
<p>加えて付箋を貼った関連本。</p>
<ul>
<li>佐藤敬之輔『英字デザイン』</li>
<li>小宮山博史『日本語活字ものがたり』</li>
</ul>
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